高知にて行なわれた登校拒否を考える全国合宿。そのなかでは不登校・ひきこもりの子を持つ親4人がシンポジストとして登場。今号はシンポジウム「私たちが子どもから受け取ったもの」の講演抄録を掲載する。

プラスに考えていく


 長男が小学1年生のとき、「ネフローゼ」という病気にかかり、2カ月ほど入院しました。そのときの薬の副作用で太ってしまった姿を友だちにからかわれたみたいなんです。それがきっかけで2年生から不登校になりました。長男を見て、次男もしだいに保育園に行かなくなり、小学校も1週間通っただけで不登校状態となりました。

 私はといえば、"学校信仰”というか、「学校に行くのが当たり前」だと思いこんでいましたから、ただ愕然とするばかり。

 小・中・高と階段のようにあがっていき、毎年、遠足や運動会などの行事がある。しかし、学校に行かなければ、そうした積み重ねがすっぽり落ちてしまう。本人たちが大きくなって過去をふり返ったとき、その部分がないのは不憫だと思ったんです。

 うちの子がどうして?

 ですから、「何でうちの子が、どうして?」と、あたふたしっぱなしでした。子どもが学校に行かずに家にいるという現実をどうしても受けいれられなかったし、「なんとか行かせたい」という一心で、心療内科にも児童相談所にも相談に行きました。

 そのうち、長男は次男と頻繁にケンカをするようになりました。「家にいるのに何で荒れるんだ」と思いつつ、私も交えてとっくみあいの毎日。私もイライラが募るばかりで、親子ともども、荒れていました。

 そんな私が不登校から受け取ったものは何だったのか。いま思えば、「すごくしあわせな時間」だったと思います。さっきまでの話とはまったくちがっていますが(笑)。

 子どもが荒れていたのは不登校初期のころで、5~6年生になると教育支援センターに通うようになりました。私も親の会に関わるなかで、しだいに心の余裕が持てるようになったんです。長男の不登校を機に、仕事を辞めました。わが家は結婚当初から共働き、長男も生後1カ月から預けていましたから、親子の時間というのはほとんどなかったんです。不登校をして家にいるわが子とすごすなか、そのころの時間を取り戻せたようにも思います。

 また「学校に行くのが当たり前」と考え方が狭かった自分に、いろんな生き方があるということを教えてくれたのは、不登校です。オロオロするばかりのわたしより、子どものほうがずっと大人だったように思います。そういう学びが私にはとても大きいものでした。

 親の会でも「子どもの将来が不安だ」という話がよく出ます。しかし、「不安どころか、どんな大人になるのか、逆に楽しみでしかたがない」と、いつも考えていました。現在、長男・次男ともに社会人になりましたが、いまでもその考えは変わっていません。

 わが子の将来を思うとき、不登校をマイナスに考えずにプラスに考えていくことが大事だと思います。ちょっとでもマイナスに考えていると、それは子どもに伝わりますから。そのうえで自分らしく生きてほしいと思います。一生に一度、自分のやりたいことを大切にして生きていくことが大事だと、わが子の不登校をふり返りながら思います。