連載「不登校50年証言プロジェクト」


 10代と50代の不登校、私はそのちょうど中間に位置する30代の不登校。私の眼からは2人の経験談に通底するものを強く感じた。
 
 2人が不登校をしたときに感じたことは、程度の差こそあれ同質のものだったと言っていい。「学校に行かなければと思うが行けなくてつらい」「不登校後、どう生きていったらいいかわからない」。こうした思いに2人は苦しんできた。
 
 本橋さんの「不登校の理由を究極の一言で表せないと進めない」という言葉も「どう生きていったらいいかわからない」という気持ちの裏返しにも聞こえた。座談会後半で話した本橋さんの言葉の一つひとつが私の胸に刺さってくるような気がした。
 
 一点、ハッキリしたことがある。

 長い時間を隔てている2人が、なぜ不登校をしたときに同じような思いを抱えたのか。これは「学校が50年間、変わらなかった」ということ。学校に通った者だけが社会で認められる。それが不文律であるがゆえに外れた者は不安感や焦りを感じざるを得ない。
 
 50年間で不登校をした人は累計300万人。300万人の人に苦しみを背負わせ続ける「学校化制度」とはなんなのだろうか。そのこともあらためて考えざるをえない対談となった。

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