文部省(当時)が長期欠席の統計を開始するのは1951年度のことだ(公立小学校・中学校長期欠席児童生徒調査/59年度からは学校基本調査で実施)。このころの長期欠席は経済的理由や病気が主たる理由だった。新制中学校が1947年に開始され、義務教育の範囲がそれまでの小学生から中学生まで広がったものの、まだ定着していなかった時代でもあった。
 
 その後、50年代末ごろから、精神科医や心理の専門家のあいだで「学校恐怖症」が問題になってくる。これは経済的理由や病気ではないのに、なぜか学校に行かない子どもたちがあらわれてきたという、新しい「問題」だった。その後、高度経済成長とともに、その数は増え、年齢層も地域も広がっていく。そうしたなか、文部省(当時)は、66年から「学校ぎらい」の統計を開始する。「学校ぎらい」は、いまで言う「不登校」で、「学校恐怖症」や「登校拒否」と名指された現象と同じと言える。長期欠席の理由に「経済的理由」「病気」「その他」と並んで「学校ぎらい」が加えられたのだ。それと同時に、問題行動等調査(児童生徒の問題行動等生徒指導上の諸問題に関する調査)も開始される。つまり、問題行動等調査は長期欠席(学校ぎらい)の把握のために開始されたものだったのだ。それだけ、教育行政にとって、不登校は不可解な現象としてあったのだろう。その後、調査項目には、74年に自殺が、82年に中学生の出席停止と高校中退と中・高の校内暴力が、85年にいじめが加えられるなどして、現在にいたっており、その時代ごとに「問題」が浮上してきた経緯がうかがわれる。


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