――そもそも「学校に行きたくない」というのは、どんな気持なのでしょうか?
奥地圭子(以下・奥地)
 私は息子の不登校から始まり、親の会や居場所などで、本当に多くの子どもたちと出会ってきました。そのなかで確信しているのは「不登校は何らかの理由で学校と距離をとる必要があったからだ」ということです。大人からすれば、その理由を知りたいところですが、うまく言葉にできない子も多いですし、いくら考えても「理由がない」という子もいます。私は不登校を「いのちと制度の関係の問題」だと思っています。子ども・若者という「いのち」は、学校という「制度」と距離をとる必要性があったのだ、と。ですから、学校に行かなくなったとき、ご家庭では、まず休むことを認めるのが大切だと思っています。

――子どもが「学校には行きたい」と言う場合は?
奥地 得てして不登校の子に親が「学校には行くの?」「新学期からはどうするの?」と聞くと、「行くよ」と答える場合は多いものです。子どもが「行く」と言うのだから親としても「協力しなきゃ」と思い、朝、起こしたり、勉強させようとするのですが、そうすると急に子どもが反抗的になったり、部屋から出てこないようになったり……、これはよくあることなんですね。どういうことかと言えば、言葉では「学校に行く」「行きたい」と言っていても「行かねばらない」という気持ちから出てくることが多いからです。

――ただ、学校に行かず家でゴロゴロしていると親は不安になりますよね。
 気持ちはわかりますが、そういう時間やゲームや漫画ばかり読んでいる時間も大切なんです。たまに家で勉強する子もいますが、「学校に行かないなら勉強ぐらいは」と思ってのことです。もちろん気持ちが完全に落ち着いて勉強する場合もありますが、それはごくまれです。それと「夜昼逆転の生活が気になる」という方もいると思います。でも、なぜ夜昼逆転になるのか。子どもからすると「朝や昼の時間がつらい」っていうこともあるんです。夜はみ~んな学校に行ってませんから静かに過ごせますが、朝や昼は「学校に行かなきゃ」と思う。それで夜昼逆転になるんですが、そこをムリに起こしてもあまりいい結果になりません。私たちが関わるなかで「休み不足だな」と思う子に出会うことがあります。学校などで受けた傷が十分癒されていない、充電されていない。そういう状況で無理に何かを始めようとしても、すぐにきつくなってしまうんです。

 ですから、言葉の表面ではなく子どもの心のほうに目を向けていただきたいです。いまの子どもの気持ちに寄り添っていってほしいと思います。たしかに大部分の人は学校に行きますが、学校しか行く道がない状況、お子さんもつらいです。いつでもやり直しや再選択をしてもいいわけですから、人生観や選択肢を広げて、親がいっしょに考えていくことが大事だと思っています。


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