もともと、本紙が始めた「不登校50年証言プロジェクト」は、文科省が発表している不登校調査が1966年に開始したことを機に取り組んできた。つまり調査開始から50年経ったということだ。不登校調査は、学校基本調査の一部として毎年発表され、50年の変化は下図のとおりである。二重になっているのは、調査が始まった当初は「年50日以上の欠席」で線引きをしていたためである。それが早期発見・早期対応を目的とし、91年から年30日の欠席で線引きすることに変更、しばらくは両方の報告をあげていたからである。



 
 いずれにしろ、起点の66年に、私は興味があった。長期欠席にもいろいろあるわけで、誰もが納得するような病気とか、経済的理由とかではないと思われる欠席が国も気になり始め「実態を把握したい」という話になったのだろう。であるならば、なぜそう国が考えたのか、また、なぜ66年から始まったのかが知りたいと思った。そこで、文科省の当時の担当者、または統計に関わった人を調べたり、調べてもらったりしたが、人がわかっても連絡先は不明。調査報告らしきものも、知りたいところは書かれていない、など直接の関係者にはたどりつけなかった。

 そこで、そのあたりについて研究論文を発表されている保坂亨さんへのインタビューをお願いした。保坂さんは現在、千葉大教育学部の教授で、保坂さんから私に、千葉大の学生に対するフリースクールについての実践講座を8年間依頼されたり、県の「子どもと親のサポートセンター」の運営委員で4年間ごいっしょしたり、千葉県の不登校施策を1年間検討する委員会をやらせていただいたりして、存じ上げていた。
 
 しかし、このインタビューによって、初めて知ったことも多く、おもしろかった。また、共感する部分も多かった。まずは、保坂さん自身が不登校だったかもしれないほど欠席が多く、学校が好きではなかった人物だった、ということはたんに研究者であることを越えて「子どもはどう感じるのか」という視点を忘れないでやってきた人だと感じた。
 
 うかがいたかった66年の調査開始事情はこの紙面では紹介しきれないが、年間50日以上の長期欠席の調査は52年からあったこと、欠席理由はおもに貧困だったが「学校ぎらい」という項目もあったこと、ただし当時の「学校ぎらい」は「履いていく靴がない」なども理由に含まれていたこと、その分類も、長欠自体が減少して分類する必要がなくなり、58年には途絶え、66年から再び「学校ぎらい」という項目が復活したことなどが語られている。
 
 保坂さんは、これまでの不登校は、実態がずれていて、あまり意味がないことや「欠席理由は調べなくていいので」などとおっしゃっていて、共感する部分がたくさんあった。本プロジェクトのサイトにインタビュー本文がアップされているので読んでいただけたらと思う。

インタビュー本文はこちらで公開中