昨年(2012年)末に、文部科学省特別支援教育課は、題名のみが長く中味の薄いレポートを公表した。「通常の学級に在籍する発達障害の可能性のある特別な支援教育を必要とする児童生徒に関する調査結果について」が、それだ。障害者権利条約に基づく、インクルーシブ教育システムを構築するためだという。本来、発達障害のなかには知的障害も含まれる。それなのに、この調査は知的障害がない児童生徒のみを、対象としている。そんな調査の、いったいどこがインクルーシブなのか。

個人の属性と 一致しないデータ

 調査は、東北三県をのぞく公立小中学校の児童生徒のうち、5万3833人を標本として行なわ れたとされる。回答したのは担任教員だ。その結果は、「A:学習面で著しい困難を示す」が4・5%、「B:不注意または多動性、衝動性の問題を著しく示 す」が3・1%、「C:対人関係やこだわり等の問題を著しく示す」が1・1%だったという。A~Cのあいだには重複があるので、「学習面または行動面で著 しい困難を示す」とされた児童生徒の総計は、標本全体の6・5%という数値になっている。

 10年前に実施された同じ調査と比べて、これらの数値 自体に大きなちがいがあるわけではない。したがって、10年前と同じ批判が成り立つ。すなわち、教師に対するアンケート結果から得られた値は個人の属性と 一致せず、その何倍もの数字になるという周知の事実だ。にもかかわらず、ひとたびマスメディアにリークされると、先に引用した「A」は学習障害、「B」は 注意欠如/多動性障害、「C」は自閉症スペクトラム障害だと報道される(たとえば12年12月5日『毎日新聞』)。はなから、そうなることを意図している と疑われても仕方がない。

 一方で、調査は正直だ。上記6・5%について、特別な教育的支援が必要と判断されていない児童生徒の割合は、79%に ものぼる。不明をのぞくと、支援が必要とされている割合は18・4%だが、そのうちの65・5%については、個別の教育支援計画が作成されていないという 結果になっている。つまり、困難はあるが支援はいらない、支援が必要でも支援はしない、ということだ。個々の児童生徒の側に原因があり、学校や教師の側に 原因がないことにしてしまえば、それでいいという考えの反映なのだろう。

 調査を立案した協力者会議は、「通級による指導や特別支援教育支援員による支援が必要な場合のみ、支援が必要と校内委員会で判断されている可能性がある」と指摘している。そして、「学級規模を小さくすることや複数教員による 指導」「通級による指導を受けられる機会を増やすこと」が望ましいと述べている。一学級の人数を減らすことに異存はない。支援員や通級といった制度に対し ては賛否両論があるが、それらが役立っている子どもがいることも、私は否定しない。だが、問題は、支援員や通級くらいしか、方法が頭に浮かんでいない点に ある。

 構造化された支援を

 障害を有するとされる子どもたちの特性に沿った学校へと改革することは、定型発達の児童生徒にも役立つ。いま必要なのは、一人の教員が多数の子どもを規律的に管理する、牧羊的学級の制度を廃止することだ。もちろん、学級がなくなり学校における日常が流動化する だけであれば、自閉症スペクトラムを有する子どもは混乱するだろう。だが、一人ひとりに構造化された環境とスケジュールを提示することは、学級を解体しても可能だ。定型発達児に近づけることを目標にするのではない、多様性の文化はそこからはじまる。(高岡健/精神科医)