大津いじめ自殺調査報告書


 大津中2いじめ自殺に関して、第三者調査委員会は1月31日に調査報告書を大津市長へ提出。報告書によって、少年が自殺2日前に「学校へ行かない方法はないか」と打ち明けていたことがわかった。

 報告書によれば、暴行が始まったのは少年が自殺する1カ月前から。当初は、同級生2名からヘッドロックをかけられるなどが相次ぎ、しだいに「イライラする、やられているのにニコニコして」などと言われるようになった。その後、エスカレートし、馬乗りになって殴られる、何度も蹴られる、殴り倒されて顔を踏みつけられるなどのほか、土下座、万引き、拘束なども強要させられたという。

 9月下旬ごろから、ほぼ毎日、ときには休み時間ごとに少年は暴行といやがらせを受けていた。

 現状を見かねてか、複数人の生徒が担任や教員に対し、少年が受けているいじめの現状を訴えていた。

 10月5日には、トイレに連れ込まれた少年を見て、ある生徒が担任に「止めに行ってあげて」と依頼。しかし、担任はその場では止めに行かず、帰りの会を実施し、放課後になってから同級生と少年を呼び出し、たがいにハグと謝罪をさせている。その翌日、少年は同級生から馬乗りで殴り続けられているところが目撃された。

2度のSOSも


 少年は、9月25日、10月9日、2度にわたってSOSを発していた。9月25日、親しい人物に「暗くて静かな山に行って死にたい」と泣きながら訴えた。また、10月9日にも、再度、親しい人物に、少年は「バレずに学校へ行かない方法がないか」と打ち明けた。その者が「なんで?」と聞くと少年は「いいわ」と返答。その2日後、少年は14階建てのマンションから飛び降り、まもなく死亡が確認された。

調査委員会は「いじめ自殺」認定


 調査委員会は「いじめが屈辱感、絶望感、無力感をもたらし、死を望む気持ちを抱かせた」と指摘し、いじめと自殺との関係を明確に指摘した。一方、自殺後の学校や教育委員会の対応にも言及している。

 自殺から3日後の10月14日、学校長、教育委員会指導主事、県庁主席参事ら5名は弁護士に相談。内容はアンケート実施の是非と内容、実施後の展開、市議会対応の注意点など。注目すべきは、アンケート調査などを含め、事実関係が明らかになる以前に「いじめと自殺の因果関係を認めない」という方向性を決めていたこと。

 同日、学校内の会議では「もし子どもに聞かれたら、多くを語らず、毅然として『君はどう思う?』と答える」など、個別対応についても取り決めがなされていた。また後日、スクールカウンセラーと教頭が「最初にいじめを認めなくてよかった、まずは内部がいじめで亡くなったと思わないこと」と協議していたことも明らかになった。

 報告書では、ずさんな対応を問題視し厳しく責任を追及。とくに市教委が自殺した生徒の家庭に問題があるかのように言及した件については、「そうした事実はない」と結論付けたうえで、法的責任を回避するために虚構の問題点によりかかったともとれる行為を批判した。

 またメディアの影響で関係のない者にまで「殺人鬼」「人殺し」などの手紙が寄せられるなど「被害回復は期待できないような状況に陥っている」ことなども指摘した。

 調査委員会は、これらの指摘や調査結果をまとめ、今後の再発防止に向けて提言を示していている。ただし、少年が「学校へ行かない方法がないか」と発言したことを直接フォローする提言は見受けられなかった。

■事件の経緯

2011年

9月上旬 「ヘッドロック」などのいじめが始まる
9月中旬  トイレでの暴行、土下座の強要などを受ける
9月下旬  ほぼ毎日、暴行を受けるようになる
     「山のなかで死にたい」と打ち明ける
10月9日 「学校へ行かない方法はないか」と打ち明ける
10月11日 14階建てマンションから飛び降りる
10月14日 学校、教委らが事後対応を弁護士に相談
     事実上、「いじめ自殺」を認めないことを決める
11月1日  学校側の調査終了

2012年

2月    遺族が学校、市を提訴
5月    第一回口頭弁論で市側が「過失はない」と主張
7月    第一回口頭弁論で市側が和解を示唆

2013年

1月   外部調査委員会が報告書作成
2月   市側が遺族に和解申し入れ

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