1949年、北海道生まれ。68年10月~11月にかけて、当時19歳だった永山則夫少年は4名を射殺した。使用したピストルは横須賀のアメリカ海軍基地から盗んだもの。永山は未成年であったが、指名手配され当初から実名報道がなされてきた。事件から約5カ月後の69年4月7日、東京で逮捕。79年に東京地方裁判所で死刑判決。81年に東京高等裁判所で無期懲役に一旦は減刑。しかし、検察が上告し、90年に最高裁判所で死刑判決が確定した。この判決では、死刑を宣告する基準(永山基準)が示されたことから、いまも影響力を残している。一方、逮捕後から獄中で創作活動を続けた小説家でもあった。83年、小説『木橋』で第19回新日本文学賞を受賞。