連載「子ども若者に関わる精神医学の基礎」
「統合失調症」とは、そもそも何か。何を以て診断を下すのか。この点について精神医学は、長い間、不毛の論争をくり返してきました。
「おかしなことを考える思考障害だ」と主張する者、「自分と他者との区別が不明瞭になる自我障害だ」と捉える者。みながみな各自の持論に沿って診断を行なったので、「本当に統合失調症かな」と首をかしげるような事例が多発するようになりました。
「プレコックス感」というのをご存知でしょうか。オランダの精神科医・リュムケが提唱した概念です。かんたんに言ってしまえば、医者が感じる「何となく独特の感覚」のこと。
リュムケは、診察時に患者と向き合った際に感じる「うまく言葉にはできない奇妙な違和感(内的不確実感)」に着目し、それが診断根拠になると考えたわけです。独特の雰囲気、または"におい”のようなものと言えばいいでしょうか。
これを感じ取れるかどうかが、一人前の精神科医になるための要件とされた時代もありました。
こうした感覚的な診断というのは、「広汎性発達障害」(PDD)のときにお話したように、現在も精神科診断の主流です。精神医学は、まだ論理的科学と言うには未熟なところが少なくありません。
操作的診断基準の誕生
そこで、診断を客観的なものに整理していくために、1980年代に操作的診断と呼ばれるものがつくられました。アメリカ精神医学会の「DSM」と世界保健機関の「ICD」の2種類です。
これを、カゼに例えて説明しましょう。昔、カゼは「ほんのカゼ程度のもの」とも、「万病の元」とも言われました。少し前のCMでは「社会の迷惑」ともされました。寝冷えから、インフルエンザ、そしてガンの初期症状。一口にカゼと言っても、「それが何を意味するか」というところから話を進めると、行きちがいは深まるばかりでしょう。
そこで咳、鼻水、喉の痛み、発熱、下痢、嘔吐など誰にもわかるような症状のうち、いくつかが一定期間続く場合を、とりあえず「感冒症候群」と名づける。そのうえで、原因が明確になった場合には、細かい病名をつけて分けて考えていく。
こんなふうに、客観的症状に基いて診断を徐々に正確なものにしていく目的で、操作的診断は作成されたのです。新しい知識が増えると改変されるので、現在「DSM」は5代目の「DSM―Ⅴ、「ICD」は10代目(来年11代目の予定)で「ICD―10」です。
「DSM―Ⅴ」で、特徴的な症状とされるのは、①妄想、②幻覚、③まとまりのない会話、④緊張病性の行動、⑤陰性症状です。
このうち2つ以上を認め、以下の5条件が満たされれば、「統合失調症」と診断します(ただし、奇異な妄想・説明性幻聴・会話性幻聴であれば、それ1つだけで十分とされます)。
条件とは、①症状による社会的機能の低下②状態の6カ月以上の持続があり、③ほかの精神障害と④薬剤の副作用が除外でき、⑤自閉症スペクトラムが存在する場合には特別な注意が必要であるという5点です。
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