不登校新聞

378号 (2014.1.15)

緩やかに構えて 上月健太郎 28歳

2014年01月10日 17:08 by kito-shin
2014年01月10日 17:08 by kito-shin


◎シンポ抄録「フリースクールで育って」

不登校・ひきこもりの子らが通っている学校外の居場所「フリースクール」。その場で育ってきた人、あるいは現在通っている人4人がシンポジウムに登壇。フリースクールフェイスティバル2013のシンポジウム「フリースクールで育って」講演抄録。

親には緩やかに構えてほしい


 私の場合、不登校の理由がちょっと変わっていて、「雷」だったんです。子どものころから、大きな音が苦手な子どもでした。

 小学2年生のとき、突然の雷雨があって。急いで帰ろうとしたら、たまたまその日、靴が片方隠されちゃってたんです。しかたなく、そのまま帰ったところ、家の鍵を持ってないことに気づいて。外でガマンしていましたが、近所の人にかくまってもらい、事なきを得ました。
 
 しかし翌日、いつも通りに登校しようとすると、まったく足が動かず、しだいにお腹も痛くなって、学校に行けなかったんです。急な出来事に母は混乱してましたが、父は「そのうち行くようになるだろう」と、大らかに構えてくれていたのを覚えています。
 
 学校がイヤだったわけでも、いじめがあったわけでもない。でも学校に行けないという状態だったので、なぜこんな思いをしなければならないのかと、いつも不安でした。
 
 中学3年間を適応指導教室ですごした後、私立の高校に進学しました。でも、なんだかんだでうまくいかず、退学しました。「りんごの木」を知ったのはそのときです。ただ、当時は週1回しか開室していなかったので、別の高校に入り直すことにしたんです。でも、今度は入学式当日から通えず、2度目の退学となりました。ちょうどそのとき、「りんごの木」が週5日開室するようになったことを知り、体験入学を経て、18歳で通うことにしました。
この続きは1ヶ月無料のお試し購読すると
読むことができます。

関連記事

「40代で人生2度目のひきこもり」ひきこもり経験者が語るふたたび動き出すまでの出来事と気持ち

624号 2024/4/15

「30歳を目前に焦っていた」就活失敗を機に大学生でひきこもった私が再び動き出すまでに取り組んだこと

623号 2024/4/1

14年の心理士経験を経てわかった「学校へ復帰するよりも大切なこと」

621号 2024/3/1

読者コメント

コメントはまだありません。記者に感想や質問を送ってみましょう。

バックナンバー(もっと見る)

624号 2024/4/15

タレント・インフルエンサーとしてメディアやSNSを通して、多くの若者たちの悩み…

623号 2024/4/1

就活の失敗を機に、22歳から3年間ひきこもったという岡本圭太さん。ひきこもりか…

622号 2024/3/15

「中学校は私にとって戦場でした」と語るのは、作家・森絵都さん。10代に向けた小…