今回の「世話人に聞く」は、「ブルースカイ(登校拒否を考える親と子の会)」の世話人を務めておられる松田恵子さん。わが子の不登校とどう向き合ってきたのか。また、親の会を立ち上げたきっかけや活動における今後の展望などについて、お話をうかがった。なお、今回で「シリーズ・親の会世話人に聞く」の連載をいったん終える。

――親の会を始めたのは?
 1990年ですから、来年で20周年を迎えます。息子が不登校になったのは小学校3年生のとき。きっかけはいじめや、からかいなどいろいろあったんだと思います。でも、子どもたちだって先生の目をうまくすり抜けるでしょ。そうすると、息子がいくら先生に訴えても、結果はケンカ両成敗。「おたがい悪いんだから、1時間廊下に立ってなさい」と叱責するわけです。息子としてはそれが決定的だったようで、「もう先生をゆるさない」と言って学校に行かなくなりました。

――お子さんの不登校をすぐに受けいれられましたか?
 受けいれるもなにも、どうして学校に行かないのか。息子に何度聞いても話してくれないんです。しかたなく学校の先生に問い合わせてみると、「私との仲は非常に良好ですし、友人関係もとくに問題はありません。ご家庭で何かあったんじゃないですか」の一点張り。私としては何をどうしたらいいのかわからないなかで、いろいろな場所に相談に行きました。その一つが児童相談所でした。おなじように子どもの不登校で悩む親の会があって、それに参加するようになったのが、親の会との最初の出会いでした。

――当時のことで一番印象に残っているのは?
 「自分だけじゃないんだ」という安心感ですね。参加者どうしでいろいろな話が出るわけですが、どの方の話にも自分と共通する部分だったり、共感できることがたくさんあったんです。カウンセリングなどの1対1の場だと、経験そのものが共有できていないかぎり、「話す側」と「聞く側」に分かれてしまいがちというか、気持ちの面でいまいち深いところまで分かり合えないと思うんです。

 その点で親の会は少しちがっていて、さらに誤解を恐れずに言えば、親の会って毎回特別なアドバイスをくれるような場所ではありません。日によっては、参加者どうしでワーワー泣いて、話して、また泣いて、ということもあります。

 たくさん泣いたあとは、「こういう場合はこうするといい」という、親の会が持つノウハウに触れ、試行錯誤をくりかえしながら、自分の子どもとの関係を築いていく。そして、新しく参加した親の方の涙が徐々に笑顔に変わっていく過程のなかには、長年親の会にかかわっている親にとっても気づかされることが山ほどあるんです。その意味で、親の会って新しく参加する人にとっても、長くかかわっている人にとっても、いつでも新鮮な場所なんだと、私は考えています。

――そうした共感って、大きな連帯感を生みますね。
 そうなんですよ。親だって近所の目がイヤで、遠くのスーパーにわざわざ買い物に行くなんていうこともあるでしょ(笑)。

 ほかにも、夫が不登校をまったく理解していないとか、祖父母との確執とか。えてして、母親って周囲から強いプレッシャーを受けやすい立場にあると思うんです。それは、不登校がまだ社会に認知されていなかった時代のきつさと現在を比べても、そんなに大きく変わっていないんじゃないかと思います。


――ご自分で親の会を立ちあげようと思ったきっかけとは?
 しばらくは、児童相談所のなかにある親の会に通っていたんですが、行政が仕切る親の会はどうしても堅苦しいというか、ありのままを出しづらい場所でもあったんです。児童相談所の職員の方が司会で場をまわしていくわけですし、まして男性だったりしたら、ワーワー泣きづらいじゃないですか。それに、当時はまだ「親の育て方がわるい」「子どもを甘やかしてはダメだ」と見るむきが強かったですから、職員からそうした目で見られていると感じることもありました。

 しだいに、「もっとすなおに、見栄をはらずに自分を出せる場所がほしい」と考えるようになり、おなじ親の会に参加していた5人の方と私の息子の計6人で「ブルースカイ(登校拒否を考える親と子の会)」を立ちあげました。「ブルースカイ」と名付けたのは、当時中学1年生だった息子でした。わが家では毎年、ツバメが巣をつくるんですね。ヒナから巣立ちまでを毎年見守るなかで、「ツバメのようにこの居場所から大空に飛び立てたらいいな」とイメージしたんだと思います。

 不登校と医療、年々高まる関心


――20年続けてこられたなかで、親の会への参加者に変化は感じられますか?
 いま、ネットで不登校と調べれば、いろんな情報が手に入る時代でしょう。そうした外側の部分は大きく変化しているんですが、親の会に飛び込んでくる親のつらさというのは、根本では変わっていませんよ。もっと言えば、最近ではいろんなところをまわって親の会にたどり着いたという人が増えてきたとも感じています。子どもが家で暴れるから医療機関に連れていったとか、親自身も医療機関にかかっているとか。そういう話を聞くたびに、「そこまで追いつめられる前に、親の会に出会えてたらよかったのに」と思うことが多々あります。

 話を聞くと、「行政や医療機関で相談していても、接し方が上からの目線を感じてしまったり、どこかスッキリしなかった」という声、「親の会に来てやっと自分の気持ちを出せたり、聴いてもらえた」と感じる方もいて、そういった笑顔を見ると親の会を続けてきてよかったと思います。ただ、参加者の抱える背景が年々変わってきていて、介護の話もよく出るようになり、「老後を考える会にするよ」って、冗談交じりに話すこともありますよ(笑)。

――でも、介護とひきこもりって、質的によく似た問題だと思うのですが。
 似てますね。私は介護の仕事をしていたときに、いつもありがたいなって感謝していました。私は訪問ヘルパーだったから、家で閉じこもりがちなおじいちゃんやおばあちゃんたちと接していくわけです。なかには、家族の理解がないがゆえに、家族関係がけっしていいとは言えない人も多く、頑なに心を閉ざしています。ありがたいことに、不登校やひきこもりで学んだことは大変役に立ちました。人と人との信頼関係づくりからはじめないと「ヘルパーさんはいらないから」となってしまうので。おじいちゃん、おばあちゃんから「私に毎日来てほしい」とご指名があり、「指名料高いよ~」って冗談がおたがいに言えるようになったときがうれしいときでした。

――今後については?
 とにもかくにも、肩に力をいれすぎず、いままで通りに親の会を続けていきたいですね。「ブルースカイ」20周年に向けてということでは、小児科医の森英俊さんを講師に呼んでの講演会を企画しています。先ほども言いましたが、やはり医療問題への関心は親の会でも年々高まっています。学校でも医療機関を紹介することも多く、長野県でも心療内科などの医療機関とのかかわり、薬のことなど心配です。

 そうした状況のなかで、見栄を張らずに、親も子も安心して泣いたり笑ったりできる居場所の存在は重要だと思います。今後は「ブルースカイ」だけではなく、こうした場所が一つでも身近にあるような環境づくりについても考えていけたらと思います。

――ありがとうございました。(聞き手・石井志昂)

■ブルースカイはこちら
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