8月23日、不登校を考える第20回全国大会・子ども交流合宿「ぱおぱお」の大人・子ども合同エンディングにて、「不登校の子どもの権利宣言」(以下・権利宣言)が採択された。権利宣言は、東京シューレの「子どもの権利講座」が、その活動母体となって作成し、全国子ども交流合宿にてとり組まれた。子どもの権利講座は08年5月、子どもたちがユニセフハウス(東京都港区高輪)に来訪したことがきっかけに生まれた講座。

 ユニセフハウスとは01年に「世界の子どもたちの状況が学べる場」を目的としてオープンされた展示館のこと。開発途上国の学校や難民キャンプを再現した展示スペースやミニシアターなどがあり、06年には来訪者10万人を突破している。権利宣言を中心的につくってきた工藤健仁くん(16歳)は「ユニセフハウスに行ったことで、権利に興味がわいたというより、これは自分たちの問題として考えなきゃ、という危機感に近いものを感じた」と言う。



 その後、東京シューレでは週に一回、子どもの権利講座が開かれた。権利講座では毎回、権利条約の条文を一条づつとりあげ、感想や意見、ニュースなどを出し合っていく。一回の討議では時間が足らず、何週にも渡ることも多い。「2条・差別の禁止」「6条・最善の利益」「12条・意見表明権」など、一般的に子どもの関心が高い条文はもちろんのこと、「19条・虐待の禁止」「22条・難民の子どもの権利」なども、3週間にわたって討議された。とくに「難民の子どもの権利」は、今年、フィリピンに両親が強制送還されたカルデロン・のり子さんのニュースも相まって議論を呼んだ。自然、討議は「子どもの権利が奪われている現状」について話し合うことが多い。子どもの権利講座開設から1年がすぎたとき、権利宣言作成の話が持ち上がった。「風の子学園事件の一周忌で生まれた子ども交流合宿で、権利条約採択20周年の大会で、あらためて不登校の権利を発信したい」というのが、その動機だ。
 

 権利宣言の作成は、まず、宣言に盛り込みたい権利条項について出し合い、それらを分類。これをもとに各自条文を作成し、付き合わせて一つに統合し、たたき台をつくった。たたき台をもとに一条ずつ討議を重ね、仮案を作成。仮案に子どもの権利条約ネットワーク代表の喜多明人さんなどに意見を求めさらに検討し、子ども交流合宿の場に提出。この間、約40時間の討議が行なわれた。工藤くんによると「一字一句、どこを切り取ってもどんな議論があったか説明できる」と言う。また、「1年間、講座を通してみんなで自分の気持ち、権利を侵害する側、される側の気持ちに向き合って深めあってきた。それなしでは権利宣言はつくれなかった」と話す。権利宣言は前述の大会のエンディングで読み上げられ、会場の拍手によって採択された。