不登校新聞

253号(2008.11.1)

第253回 日本でIDEC開催へ

2014年06月19日 16:08 by 匿名
2014年06月19日 16:08 by 匿名

連載「不登校の歴史」


 1999年のサマーヒルスクールIDECのなかで、次の年、どこでIDECを開催するかを決めるミーティングがあった。みな、興味津々で臨んでいる。

 日本の参加者は、「きのくに子どもの村」の堀真一郎さん、フリースクール「野並子どもの村」の加藤邦子さんの姿もあったが、子どもたちは東京シューレのみだった。東京シューレの子たちは、サマーヒルに一週間滞在するあいだに、IDECのおもしろさに魅力を感じ「できたら立候補しよう」という気になっていた。

 会議が始まり、3カ国から名乗りがあった。ひとつは「立候補が重なるならば降りてもよい」との意見だったが、東京シューレとパレスチナの「希望と花の学校」の校長が、はりあう結果になった。パレスチナは「子どもたちがとても熱心だからゆずりましょう。そのかわり次の年には、世界のみなさん、ぜひパレスチナに来てください。それは、パレスチナに平和をもたらすひとつの力になります」と言って、ゆずって下さった。このような経過で、東京シューレが次の2000年第8回大会をひきうけることに決まったのである。
この続きは1ヶ月無料のお試し購読すると
読むことができます。

関連記事

第18回 寝屋川教師刺殺事件【下】

232号(2007.12.15)

最終回 家庭内暴力とは何か【下】

232号(2007.12.15)

第232回 不登校と医療

232号(2007.12.15)

読者コメント

コメントはまだありません。記者に感想や質問を送ってみましょう。

バックナンバー(もっと見る)

625号 2024/5/1

「つらいときは1日ずつ生きればいい」。実業家としてマネジメントやコンサルタント…

624号 2024/4/15

タレント・インフルエンサーとしてメディアやSNSを通して、多くの若者たちの悩み…

623号 2024/4/1

就活の失敗を機に、22歳から3年間ひきこもったという岡本圭太さん。ひきこもりか…