(つるだ・ももえ)1962年、生まれ。NABA共同代表。精神保健福祉士。10代半ばから摂食障害を経験。20代後半で「NABA」につながる。

 今回、お話をうかがったのは摂食障害自助グループ「NABA」共同代表の鶴田桃エさん。取材したのは、本紙の「子ども若者編集部」メンバー・田子つぐみさん。田子さんは小学生から不登校、21歳からは摂食障害に苦しんできた。

聞き手・田子つぐみさん(以下・田子)
鶴田さん自身も、摂食障害の当事者だとうかがいましたが、どんな経験をされてきたのでしょうか?

鶴田桃エ(以下・鶴田)
15歳のときに過食になり、その後、拒食、過食嘔吐に移行しました。大学卒業後は就職して、一時症状が治まっていた時期もありましたが、20代半ばでぶり返してひきこもりました。食べ吐き、万引き、家庭内暴力で、両親も私をおいて家出してしまって人生が極まったという感じでしたね。
 
 ただ、今ふり返ってみると症状が出る前のほうがよっぽど病的だったと思います。これは私だけでなく、「NABA」の多くの仲間たちの実感でもあります。きっと不登校も同じだと思いますが、ひきこもり、自傷、依存、摂食障害……、その根底には「このままの自分じゃダメだ」「見捨てられてしまう」という気持ち、自己否定感があるんです。だから必死に「いい子」を演じたり、親や社会から期待される女性像みたいなものに沿おうとがんばるんですが、一方でそういう自分に虚しさを感じ、「自分には本当は何もない」という不安感や絶望感を抱えています。そういう意味では、摂食障害はやっとつかみ取った「命をつなぎとめるための手段」だったんです。あのころの私は、食べ吐きでもしないとつらくて生きていられなかった。

田子 「命をつなぎとめるための手段」という話、不登校、ひきこもりもまったく同じです。
 

生きづらさ その背景に眼を

 
鶴田 不登校と摂食障害は表現方法がちがうだけだと思います。いじめ自殺のニュースを見ると、どんなにつらくても逃げずに学校に行き続けた人が自殺に追い込まれていますよね。不登校も自分の命を守るための、子どもなりのなけなしの知恵だと思うんです。
 
 子どもが摂食障害になると、親も周囲も自分自身も、「はやく元に戻らなくちゃ」「甘えてないでがんばらないと」と焦ります。私もそうでしたが、でも、無意識の部分で「もうそんなのやってらんない!」と感じているから症状が出ているんです。だから症状がおさまればそれで終わりというものではけっしてありませんでした。症状はモグラ叩きみたいなもので、摂食障害にかぎらずいろんなかたちで出てきますが、それだけにとらわれて一喜一憂するのではなく、その背景にある生きづらさに目を向けていく必要があると思っています。


 
 仲間たちのあいだでは、「症状が治まってからのほうがキツいよね」と話しています。たとえば、いじめられていたこと、親との緊張関係、この歳になったらこうなっていなくちゃ、という焦り……、そういう耐え切れなかった苦しさに「シラフ」で向き合っていくわけです。自助グループが必要になるのは、症状渦中のときより、そんなふうに自分の抱えている問題と向き合う時期なんです。生きづらさに取り組むなかで症状がぶり返すこともありますが、3歩進んで2歩下がる感じのほうが安心です。くり返しますが症状がその人を守っているということがあるんです。
 
田子 摂食障害に絡んだ不登校の方も「NABA」に?

鶴田 摂食障害から不登校になった人も、不登校から摂食障害になった人もいます。一番多いのは拒食から始まり過食が出たあたりで、体型を気にしてひきこもるというパターンでしょうか。ただ根っこは同じ問題なので、対応や必要なことが変わるということはありません。


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