四月七日午後、「不登校新聞」の創刊に向けて大阪支局の記者会見をした。翌朝のニュースでNHKテレビがこれを報道し、私の発言のいくつかを電波にのせた。こうして、ひとつ、ニュースが生まれた。

 一時間半の会見で私が語ったことのなかから、NHKがどの発言をひろい上げたか。その一つは、こうだった。「人類が今後二〇〇年、三〇〇年生き延びることができたら、昔は学校という、たいへん野蛮な制度があった、と回顧するようになるかもしれません」

 まさか翌朝のテレビニュースで報道されるとは思っていなかったから、私はこれを見逃した。「とんでもないことを始めて、とんでもないことを話したね」という知人からの電話で、朝寝のまどろみから揺り起こされたのだった。うろたえた。たしかにそうは言った。そうは言ったが、全体に発言を控えめにしたつもりだったから、なにもあの「過激な」たとえ話を拾い上げなくても・・・・。

 けれどものちに、私の発言のあの部分にこそ小躍りしてよろこんでくれた不登校の子どもがいたことを知って、私は自分の臆病を恥じた。子どもたちは、もっともっと率直に語りたがっているのだろう。大人である私たちは、その必要に薄々気づきながら、わざわざ議論をこむずかしくして、いまこの一歩を踏み出せないでいるのではないか。

 気づいた者から、一歩、いや、半歩でも踏み出そう。私たちがニュースをつくり、発信しよう。これまで私たちは、「これがニュースだ」と言われるものを一方的にただ受け取るばかりだった。そうして失ったのは、みんながニュースでありうるという、はつらつとした感覚であるにちがいない。

 この新聞をぜひとも軌道にのせたい。全国各地で入学式のあった四月八日早朝のテレビニュースが一片の冗談ではなかったことを、この眼でたしかめたい。だから、思い切って波風を立てよう。半歩、そして一歩の踏み出しが招き寄せる新鮮な空気を胸一杯に吸い込んで、いま、ここにニュースが生きているという実感を分かち合おう。(大阪支局理事・山田潤)