「最高の生きてる」取材後記&書評
鏡があるのかと思った。『俺はまだ本気出してないだけ』という漫画は、本気を出せない私たちの――あるいは未来をすばらしくリアルに描き出している、そう思った。42歳の会社員シズオはあるとき、なんらさしたる理由もなく脱サラ。ひがな一日ゲームをしながら「オレは自分探しをしている」という。そうしてあるときこう言う「オレ、漫画家になるわ」。こうして、60代の父をキレさせ、高校生の娘にたまにお金を借りながら、ファストフード店のアルバイトをしつつ漫画を描いては編集部に持ち込む生活が始まる。42歳のおっさんが、である。
ダメだ。あまりにダメ人間だ。お前はオレか。これはオレの福音か。はじめはそう思っていた。高校生の娘と定年すぎの父を持つ42歳のおっさんがわざわざ 社会生存のレールを外れ漫画家志望である。だけどこの作品を読み込んでシズオという人物を見て行くうちに、違和感を覚えるようになった。それはこの秀逸す ぎるタイトルである。
大黒シズオ(42)は、本気だ。
社会的地位とか、金とか、もちろんそういうものを望んではいるけれども、そうではない何かを探して必死なのだ。むしろ全力で生きている。俺はまだ本気を 出してないだけなんてのは、人の価値を現金換算する社会に「言わされる」呪いの言葉だ。そう、わたしたちも本気だ。本気の生命活動が不登校だった。これが 私たちの愛すべき本気の姿だ。だからこの作品はこんなにも泣ける。
青野さんに取材を受けてもらえることが決まったとき、本当にうれしかった。青野さんがまだほとんどメディアに露出していない……、というのもあったが、 送った企画書が、じつはかなり恥ずかしかった。「自分のダメさ濃縮還元」な内容だったためだ。しかし自分を偽っては、青野さんに企画書を書けなかった。だ けどその企画書に何かを感じて、「受けてみたい」と言っていただけたのだ。そうしていざ、対面し、取材をさせてもらうと、あまりに真摯な姿勢で私たちに、 そして自身の生命に向き合っている人だと思い、感動した。投げやりなこと、こう言えば体裁のよくなるであろうことを、驚くほど言わない。自分にできる最 善、自身の起こす行動の波紋の末端まで考えているのだろうかとさえ思った。痛みや努力の礎の見える優しさを感じた。そして、「レールなんて存在しない。あ るとすればそれはつくるもの」という言葉。
大黒シズオは本気だ。家族や友人、人間どうしの無条件の認め合いという関係のなかで、生身の自分に真摯に、最高に生きている。いま、自分も、自分に対し ても、そう思える。もし、誰かがこの生き方に、稼ぎや誉れの少ないせいで文句を言ってきたら、こう言ってやるのだ。「俺はまだ本気出してないだけ」。
(子ども若者編集部・田子つぐみ)
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