連載「ひきこもり時給2000円」vol.3
僕がひきこもっていた2~3年のうち、もっとも苦しかった時期の記憶がない。いや、「記憶がない」のとは少しちがう。「もっとも苦しかった時期」の記憶が混濁していて、それがいったい、いつで、どれくらいの長さだったのか、まるでわからないのである。
ひきこもり始めのころや、そこから出てからのことならほとんどわかる。しかし、もっとも苦しかった時期(昼間からカーテンを閉め切って、一日中布団の中で呻いていた時期だ。それほど長くはないはずなのだが……)の輪郭は、まるで薄暗い湖の底に沈んだ古い木箱のように、暗く、手の届かないところにある。今も、ぼんやりと霞んだままだ。たぶんこの先も、ずっと霞んだままなのだろう。
社会から撤退してからのいちばん苦しかった時期、僕は毎日悪夢を見た。内容はいつも同じ。大学時代の仲間にバカにされる夢。ハッと目が覚めて、起きてからもじっとり汗をかくような、寝覚めの悪い夢だ。実際、学生のときにそういうことがあったわけではない。おそらくは、自分の現状を認められない自意識の発露が、夢という衣をまとって僕を苦しめ続けたのだろう。今ならそのように理解できる。もちろん、当時は無理だ。
社会生活から遠ざかって1年以上が経つと、毎晩のように悪夢を見た。いや、夜だけではない。昼間のあいだ、ごく短くうたた寝をしただけであっても、かならずといってよいほどそれはやってきた。
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