2015年6月6日に行なわれた不登校大学「不登校への対応」の講演録を掲載する。講師は、精神科医の明橋大二さん。「不登校への対応」を中心に、専門的知見に富む講演となった。

 「不登校への対応」についてお話する前に、そもそも不登校とはどういう状態なのか。私は「心身の疲れ(オーバーヒート)により、心のサーモスタットが作動した状態である」と考えています。サーモスタットというのは、機械そのものが壊れないために、内部の温度を調整する装置のこと。温度が高まれば回線を切って冷却し、下がれば再び回線をつなげる。そのメカニズムによく似た機能が、私たちの心身にも備わっている。つまり、不登校とはきわめて自然かつ生理的な現象であり、生体の自己回復力の表れと言えるのではないかと思います。
 
 不登校を「わがまま、怠け」と誤解している人が今も少なくありませんが、そうではありません。わがままとは、マイペースという意味です。本当にマイペースにすごしているならば、子どもがつらい思いをするはずがありません。むしろ、マイペースにできず、まわりの期待に応えるべくがんばりすぎてオーバーヒートしてしまった結果、学校に行けなくなった子が少なくありません。けっして怠けではないんです。


 
 『学校に行かなければ死なずにすんだ子ども』という石坂啓さんの本がありました。私自身、「不登校できていたら、どんなに楽だっただろう」と思う子どもを何人も診てきました。不登校できずに精神疾患を抱える、または自殺を図る。そこまで子どもを追いつめないために、また自らの心と身体を守るために、学校に行かないという選択は必要なんですね。
 

親にできること

 
 そのうえで、親にできることは何か。端的に言えば「マクロな見方にこだわらない」ということです。親はえてして「学校に行く行かない」ということにこだわります。実際、「不登校になって1カ月経ちましたが、何も変わりません」とおっしゃる方も少なくありません。たしかに「行く行かない」にかぎって言えばその通りです。しかし、よく話を聞いていくと「自室にこもっていたのがリビングに降りてくるようになった」「笑顔がまったくなかったのに、最近はテレビを観て笑っている」という。こうしたミクロな変化をいかに見逃さないかということが大事です。そのためには、「不安な子どもをこれ以上不安にさせない・追い詰めない」「休んでいる現状を肯定的に捉えること」、この2つを基本姿勢として心掛けていただけたらと思います。
 

昼夜逆転は?家庭内暴力は?

 
 子どもが家ですごすようになると、気になる行動がいろいろ出てきます。「昼夜逆転」はその代表例でしょう。はっきり言います、「昼夜逆転」は何も心配いりません。なぜなら、不登校の原因ではなく結果だからです。不登校している子どもにとって一番つらい時間帯は「午前中」です。みんなが学校に行っている時間に自分だけ行けない。その現実をつねに突きつけられるわけですから。逆に、一番楽なのは「夜中」。家族が寝静まり、焦りも和らぎ、ゲームなど好きなことに興じることができるのです。「生活リズムを整えるため、学校へ行かない日も朝はかならず起こしてください」なんてアドバイスは、あまり意味がありません。先ほどもお話したように、原因でなく結果です。そして、きちんと休み、元気になった子どもはみな、きちんと朝起きられるようになりますから、何も心配いらないのです。
 
 もう一つ、「家庭内暴力」について。これは暴力の向かう対象が物か人かによって、取るべき対応は異なります。物である場合、基本的には仕方のないことと考えて構いません。壊れて困る物があれば事前に避難させておけばいいし、落ち着くとともに、そうした衝動的な行動もしだいに減っていきます。
 
 しかし、人(親)への暴力に関しては、事情は異なります。親を殴ることで、子どもはかならず罪悪感にとらわれます。つまり、物にあたる場合とちがって、けっしてストレス解消にならないんです。むしろ、その関係が続けば続くほど、親子ともども、つらくなるだけです。専門家のなかには「甘んじて受けいれろ」なんていう人がいますが、これは誤りです。親も人間です。暴力からは自分を守っていいし、場合によっては子どもから離れることも大事です。
 
 次に、「不登校の回復」について考えます。不登校すると、多くの場合、子どもの自己肯定感は下がり、自分の気持ちを周囲に伝えづらくなってしまいます。結果、本人と周囲のあいだに「心のパイプ詰まり」が生じます。つまり、「不登校の回復」とは、自己肯定感を回復するなかで「心のパイプ詰まり」を解消することであり、そのプロセスは4段階に分けられます。


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