岩手県でいじめを受け、現在は大学4年生の不登校経験者にお話を聞いた。不登校の経緯や当時の支え、そして岩手中2いじめ自殺についてをうかがった。

――不登校のきっかけを教えてください。
 小学生のころは、すごく目立つ子でした。いつも学級委員でしたし、クラスカースト(教室内身分格差)という言葉を使うならずっと最上位でした。ところが中学校で先輩たちから目をつけられ、部活内でいじめが始まりました。最初は私が誰かを「いじめている」というウワサから始まり、物を隠され、無視をされ、と。担任は「大人になればたいしたことないと思える」と言ってましたが、私にとってはすごく深刻な問題でした。そうした日々が続き、中学校1年生の夏休み明けから不登校です。

ウワサが広まる地域性に

 後日談ですが、一度そういうウワサが広まると本当にたいへんです。同じ地区内で転校をしてもウワサは広まっていましたし、高校受験の日にもいじめがきっかけで知らない人たちから囲まれたこともありました。

――不登校の子が通うフリースクールなどには行かれましたか?
 私自身は、地元の岩手県で「フリースクール」や「親の会」について聞いたことがありません。それなりに街中なのですが、ほかの不登校の人に出会ったこともないし、テレビ以外では不登校経験を聞いたこともありません。適応指導教室も行ってみたら私だけでしたから。

――では、支えになったのは何でしょうか?
 自分自身を信じるしかなかったというところがあります。一番つらかったとき、両親の期待に応えられないのが申し訳なくてずっと部屋に閉じこもっていました。閉じこもりながら「ここを乗り切れば、きっと」と思っていましたから。
 
 それと不登校直後は祖母の存在が大きかったです。おばあちゃんは学校について何も言わず、聞かず、ただいっしょに話をしてくれ、寝付けない夜は散歩に行ってくれました。そういうなんでもない時間に支えられました。

岩手中2自殺 報道を聞いて

――岩手県の中2いじめ自殺ついてお聞きします。報道をご覧になってどう感じられていますか?
 報道で知るかぎり、彼と私で一番大きくちがうのは親が実態を知らなかったことかなと思いました。私の場合は母といろんな話をしていましたから。

――子ども自身はいじめを語りづらいのですが、なぜ親に相談できたと思いますか?
 たしかに、いじめは誰にでも話せるものではありません。たぶん……、母が私のことを条件付きで見ていなかったからかな、と。まわりの誰もが認めなくても母だけは根本的に私を認めてくれる。そう思えたからではないでしょうか。 

不登校を脱したと思ったが

――中学校卒業後はどんな進路を?
 通信制高校から都内の大学に進学し、現在に至っています。大学に入学したとき「やっと不登校を脱した」と思いました。地元から抜け、人間関係も一新され、親戚からは「まわり道はしたけどよかったね」と。でも、なにかが自分のなかで引っかかる。
 
 中学・高校と「ふつうの学園生活」を送っていなかったことで、私は自分自身に欠落感を感じています。不登校中もたいへんだったし、つらかった。でも、その経験があるから自分を信じられるようになったと思うんです。不登校の自分を否定したくはありません。でも、そのためには自分と向き合い、世間体とも戦っていかなければならない。なんで不登校のまま生きていけないんだろうって。そこを考えていけたらと思い、卒論で不登校をテーマに執筆しているところです。

――ありがとうございました。(聞き手・石井志昂)


 
※本記事は2015年8月1日『不登校新聞』に掲載した記事の再掲