弁護士との相談記録、削除


 2011年10月14日、少年の自殺から3日後、教育委員会、学校長、県庁関係者、弁護士らが協議し、「いじめは認めるが、いじめと自殺の因果関係は認めない」という方向性を固めた。この日より数日後、学校は大方の情報収集を終え、裁判対応に向けて準備を進めていく。
 

問題点を「いじめ」から虚構の「家庭内虐待」へ


 裁判対応とは、つまり学校が遺族から訴えられた場合、自殺の要因は家庭内の虐待もあったからだ、と主張するための準備である。スーパーバイザー、スクールカウンセラー、議員など、数名からの指摘、助言による結果であった。
 
 学校現場では、まず、いじめを見てきた子どもたちに、スクールカウンセラーを配置。教員へこの件の質問があった際は「キミはどう思う?」と尋ね返すことにし、今後の聞き取り調査は「裁判のためではなく指導のため」だと説明することも決めた。
 
 11月上旬、学校は調査を終了。この際、教委は弁護士と相談し、調査終了の理由は「家族にどんな背景があったのか、これ以上は学校としては調べられないため」という見解で統一することを決定。暗に家庭内の虐待を示唆した。(なおその後の第三者委員会の調査で虐待の可能性は完全に否定されている)
 
 さらに裁判を見据えてか、教員に再度聞き取り調査を実施。「飛び降りたと連絡を受けたとき、家庭で何かあったのではないかと思った」という担任の証言を学校側が記録。さらに馬乗りで殴っている少年Aらを何度も注意した教員からは「注意はしたことがあったかもしれないが、ハチマキで叩き合っていたのを注意した程度」という証言も記録した。
 
 12月19日、教委は事件の最終的な時系列記録を作成。この際に、10月14日に弁護士と相談し、「因果関係は認めない」などとした相談内容のデータを削除した。この日以降、ほとんど事件に関する記録はない。
 
 年が明けて2月、遺族が事実の究明を求めて中学校、教委を提訴した。
 
 今年5月に判決があった北本市いじめ自殺裁判では、同級生の証言、当時の日記などのいじめを裏づける証拠があっても、学校・教委の責任は追及されなかった。ほとんどのいじめ自殺裁判も同様である。いじめは認めるが、自殺の因果関係を認めない、というのはもはや学校・教委側の常套句。最近では、校内アンケートを取ったあと、原本のほとんどを学校が捨てて、「関連することはなかった」と証言するのも定例化してきた。
 
 私自身、訴状を読みながら、強い憤りを感じる一方、裁判への期待は持つことができなかった。ところが12年7月、大津事件は連日、報道されていく。
(つづく)