――田中さんは、どんな子ども時代を送られたのでしょうか?


私は留学をした経験があります。小学校は区立小学校に通っていました。当時はもっぱら男の子とばかり遊んでいました。チャンバラや木登りなど、好きなことだけやっていたのです。

ところが、私立の女子中学校に入って状況が変わりました。いまでも覚えていますが、私は"かけっこ”だけは得意でした。そうしたら同級生が「眞紀子さん、もしかして本気で走ってらっしゃるの(笑)」と笑ってバカにしてきたのです。最初は自分たちがのろまだからそんなことを言っていると思っていたら、そうではありませんでした。その後も、なにかにつけて同じようなことを言われました。中学校には名家のお嬢様たちがいらっしゃいましたので、先生のほうも、父母には気兼ねをなさっているようでした。そんな学校だったので「こんなところにいたら正しい判断をしていただけない」と思いました。そこでアメリカの高校に留学しました。

◎ 米国留学で転機が訪れ

留学してみたら、本当にリラックスできたし、自由にものが言えました。高校ではラクロスやフィールドホッケー、モダンダンスなど、なんでもチャレンジできました。もちろん、私がフィールドホッケーをやっても、向こうの人には太刀打ちできないのですが、問題はうまくできたかどうかではなくて、なんでもチャレンジできること、みんなが自分のいい点を発見しようとする場にいられたこと、それだけで楽しかったのです。一人ひとりがちがうというのが当たり前。だからこそ、一人ひとりが自立して自由にチャレンジすることができたし、自分のいいところを見つけられるので、他人のいいところも見つけられると思います。

◎不登校は、いい悪いじゃない

――不登校についてはどうお考えですか?
先日、自殺したお子さんのご遺族や弁護士、NPO関係者ら11名の「いじめ問題アドバイザー」を招いてご意見をいただきました。アドバイザーのなかには「不登校は病気の一つである」と発言される方もいらっしゃいましたが、ご遺族の方は悲しそうな顔で「環境に合わなかっただけだ」とおっしゃられました。
私も、不登校は「環境にたまたま合わなかった」ということであり、いい悪いではない、と。一刻も早く、その子に合った場が見つかることが大切だと思います。

私だって、もし、あのまま日本の高校に通っていたら、暴れたかもしれませんからね(笑)。

とにかく、日本のように一つの物差しで人を測ることはありえないわけです。人と人はちがうからすばらしいのであって、同じなら気持ち悪いでしょう。揃いもそろって同じようなロボットみたいだったら、ヘンですよ。

で は、どういうかたちで、そういう人づくりをしていくか。ここは焦らずに時間をかけ、国民的な議論が必要だと思っています。たとえば、オーストラリアなどで は就学期間を終えたら自由にモラトリアムの時間が得られます。人によってはいろんな職業を見たり、体験したり、ちがう世界を学んだりします。アメリカでは 学校の授業の一環として刑務所訪問やお葬式を授業で見学するところもあります。大切なことは人生を長いスパンでとらえることだと思います。


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