不登校新聞

422号 2015/11/15

足るを知れば楽なのよ 樹木希林

2015年11月17日 11:19 by kito-shin



 今夏、山口県で開催された「登校拒否・不登校を考える夏の全国合宿」、大会中に開かれた樹木希林さんの講演抄録を掲載する(聞き手・奥地圭子)。

――今日は山口県まで来てくださってありがとうございます。
 いえいえ、私は立派な人間じゃないのでどうかとは思ったんですが、奥地さんやみなさんが長いあいだ不登校に向き合ってこられたと聞きましたので、それならばと思い来させていただきました。ただ「予算はない」と聞いておりますので、片道の交通費だけいただいています(笑)。
 
 まあ、それよりも、お話をいただいたのが半年以上前だったので、からだのほうが心配でしたが。
 

ただただ自分を削げばいい

 
――「全身ガン」だとうかがっていますが。治療はどうされてますか?
 まず、抗がん剤は飲んでません。放射線治療や摘出手術など一般的なガン治療もほとんどしていません。ガンというのは無理に「治そう」と思うと、切ったり、焼いたり、体に無理をさせることになってしまいます。だから私はガンを引き受けることにしたんです。生活習慣を見直して、よぶんなものは削いで養生していく。ただただ自分を削いでいけばいいんですよ。そうやってったらね、ずいぶんと楽になりました。
 「あきらめる」というと語弊があるかもしれないけど、自分の分を知るというかね。もちろんこれは私のやり方だからみなさんもそうしなさいって話じゃないんですけど。

――今のお話、不登校はもちろんすべてに通じる話ですが、なかなかそうは思えないですよね。もっと楽になりたい、幸せになりたい、と願うものですが。
  でも、幸せって余計なものかもしれませんよ。長い人生、ずーっと幸せなんてことはない。いろんな局面があって、ふとした拍子に「ああ、今日はいいお昼だったなあ」と思えるときもある。「禍福は糾える縄の如し」とも言いますが、不幸だと思ったことが幸せに感じたり、幸せを感じていたら急に落っことされて(笑)。人間なんて、そんなもんだと思えば、逆に幸せは余計に感じるんじゃないか、と。

――自分の「あるべき姿」を求めるから、落ち込んでしまうというか。
 そうなんです。これが自分なんだとわかっていたら、あんまり、その手のまちがいは起きないと思うんです。私はさいわい役者の仕事をしてるので自分を俯瞰して見ることが多いんです。私だって役者は美人がやるものだって思ってたんですが、どうやら私の役回りはちがう。それがわかってくると、卑屈になるというよりは、なんとなく自分の使われどころってのが見えてくるもんなのね。むしろ気は楽になるぐらい。
 
 だから一事が万事、世間一般がどうかで考えるより、私の場合はどうかで考えるといいのかなと思ってます。
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