不登校新聞

202号 2006.9.15

我が家の場合「”常識的”な関係のおかしさ」

2015年12月22日 13:14 by nakajima_
 
 娘が小学校3年生で学校へ行かなくなってから20年が経つ。それ以来「親の会」など不登校「問題」に関わり続けてきた。娘が「学校へ行かなくなる」ことは、私のなかにあった学校の存在の大きさと、家族、とくに夫婦の「常識的」な関係のおかしさに気付くことだった。私は大混乱していた。しかし、いち早く、夫が「学校なんて行かなくてもいいんじゃないか?」と言った。「本音だろうか?」と私は思ったものの、それからは「学校へ行かなくてもいいよ」と娘に言い続けた。だが、顔が引きつっていたときもあったにちがいない。そのころも私のまわりには素敵な友人が何人かいて、いつも話を聞いてくれた。「励ましの言葉」はなく、ただ聞いてくれた。ありがたかった。また、娘をそのままの姿で受け入れて一緒に楽しんでくれたり、「おもしろい視点で絵を描くわね」と私が気付かなかったものを示してくれた(これがフォトグラファーを目指している、いまにつながっています)。
この続きは1ヶ月無料のお試し購読すると
読むことができます。

関連記事

受験生の息子が突然の不登校、今だからわかる親の寄り添い方

525号 2020/3/1

不登校の親が周囲の善意に疲れ果てて訪れる親の会

525号 2020/3/1

「もう後ろはふり返らない」3人兄弟そろって不登校【母親手記】

191号(2006.4.1)

読者コメント

コメントはまだありません。記者に感想や質問を送ってみましょう。

バックナンバー(もっと見る)

531号 2020/6/1

「子どもに休みグセがついてしまい、学校生活に戻れるか心配」、そんな声に対し...

530号 2020/5/15

緊急事態宣言の発出から1カ月。新型コロナウイルス感染拡大防止に伴う自粛要請...

529号 2020/5/1

お子さんが「コロナが怖いから外へ出られない」と話すなら「お家にいるから大丈...