不登校新聞

201号 2006/9/1

「自己肯定」には「感」がつくが、「自己否定」には「感」がつかない残酷さ 第1回

2016年01月21日 17:18 by kito-shin



●連載「親の気持ち子の思い」

 「自己肯定感」という言葉がある。「自信」と同じ言葉であると考えられていることが多い。これと反対の意味を持つ言葉として「自己否定」というものがある。
 
 しかし、「自己否定感」とはあまり言われない。もっとも私が知らないだけで、学問の世界にはあるのかもしれない。ここでとりあげたいことは、言葉の定義などではない。子どもたちの世界を少しのぞいてきた私には、「自己肯定」には「感」がくっついて、「自己否定」には「感」がくっつくことが少ないということ、そういう使われかたをしていることに、ある種の残酷な現実を見てしまうことである。
 
 夏休みの終わりから秋の始まりにかけての季節を「こわい」と思い始めて数年が経つ。中学生や高校生、そして小学生ですら、この季節に自死することが多くなった。
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