不登校新聞

201号 2006/9/1

第201回 制度の扉を開く

2016年01月21日 12:56 by kito-shin



 登校拒否を怠けや病気、子育ての失敗と解釈し、矯正や治療の対象とした1980年代。1980年代後半からは親の会や居場所、フリースクールの広がり、否定的なまなざしを問いなおす市民活動が生まれ、その影響は、1990年代前半に大きな変化をもたらした。
 
 1990年には「登校拒否を考える各地の会ネット」(のちに全国ネットワークと改名)が誕生し、1991年に東京シューレが狭い雑居ビルの一室から北区王子の一戸建てビルへと移転した。
 
 1992年の文科省の登校拒否認識転換、93年のフリースクールへの通学定期適用、ホームエデュケーションネットワークとしてのホームシューレが始動、1994年にはホームエデュケーション国際シンポジウムを日本で開催し、大田シューレも開設された。
 
 1995年には新宿シューレが開設されるなど、東京シューレの動きだけを見ても、運動の発展期を迎えていた。かなり多くのフリースクールがこの時期に生まれている。
 
 つらい状況をあらわす子どもの事件も続いたが、しかし、世の中を変えていけるという手応えもあり、希望が持てた。なかでも象徴的だったのが、通学定期券の獲得である。
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