不登校新聞

428号 2016/2/15

【公開】小説「少年と午前二時」 天埜裕文 vol.7

2016年02月26日 15:43 by kito-shin
2016年02月26日 15:43 by kito-shin


連載「少年と午前二時」第1話へ(全話無料)


 もうじき、午前が終わる。
 
 いつもより若干早いけれど、ぐちゃぐちゃになっている布団を少しだけ直して眠る仕度をしていると、家のインターホンが鳴った。
 
 母親のよそ行きの声が、玄関の開く音と同時に聞こえた。客は男のようだ。話の内容は僕の部屋まで届いてこないけれど、宅配便や郵便などではないようだ。
 
 誰でも構わないけれど、睡眠の邪魔だけはしないでもらいたい。1階から聞こえてくる会話だけでも、十分な睡眠妨害になるのだ。男ができるだけ早く帰ってくれることを願いながら布団を直す。だいたい7割くらい整ったところで、部屋の電気を消した。電気を消しても、部屋は明るい。カーテンを透かす陽が疎ましい。
 
 なぜか、照明よりもカーテン越しの陽のほうが目が眩む。目薬を一滴さす。目の端から零れる。話し声と足音が、近づいてくる。ドアに耳を寄せる。どちらも、2人分だ。
 
「ちょっと」
 
 ドアの向こうから、母親の声が聞こえた。
 
「起きてるでしょ?」
 
 返事はしなかった。動いたら起きていることがばれそうで、ドアの前から動けなかった。目薬が頬から顎まで垂れて、くすぐったい。
 
「開けるよ」
 
 声と同時に、ドアはあちら側から勝手に開けられた。
 
「やっぱり起きてるじゃない」
 
 急いでティッシュを取り、頬からアゴまで拭いた。部屋と廊下の境に立つ母親の後ろには、見たことのない中年の男が立っていた。こちら、橋本さん、と母親は男を紹介した。
 
「どうも智樹くん、はじめまして、橋本です」
 
 男は母親と入れ代わりで部屋と廊下の境に立つと、笑顔でそう言った。口角を上げ、目の横に皺を寄せた、わかりやすい笑顔だ。
 
「今日から週2回、家に来てもらって智樹とお話していただくから、ちゃんとあいさつして」
 
 男の後ろから母親が言う。まったく、意味がわからなかった。
 
「いやいやお母さん、いいですよそんなあいさつなんて。堅苦しくなっちゃうから」
 
 男がふり返り、大袈裟に腕を横にふる。
 
「突然ごめんね智樹くん。びっくりしちゃったでしょ?」
 
 顔を僕のほうに戻すと、男はまた笑顔を見せた。きっと、よっぽど笑顔に自信があるのだろう。
 
「別にお話って言ってもね、そんなたいしたことを話そうってわけじゃなくてね、なんか、こう、気分がちょっと変わるようなね、そう、まぁ、気分転換みたいな? そんな感じでお話できればなぁと思ってますー」
 
 誰なんだよ? お前。
 
 布団を捲って、潜り込む。壁に額を付け、目を閉じる。
 
「あれ、智樹くん? ちょっと、智樹くん?」
 
 顔まで布団を上げて、耳を塞ぐ。
 
「ははは、まぁ、最初はそうだよね、うん、いいよ、だいじょうぶ。じゃあ今日はもう帰るからさ。また来るから、うん」
 
 すみません橋本さん、と謝る母親の声。
 
「だいじょうぶですよ。ええ、だいじょうぶです。最初は仕方ないですよ。ええ」
 
 2つの声と足音が遠くなっていく。声と足音は廊下から1階、玄関へと移り、消えた。
 
 布団を顔からどけて起き上がれば、部屋のドアは開いたままだ。布団から出て、静かにドアを閉め、また布団に戻った。目を閉じているのに男の笑顔が見える。寝付くまでに、どれくらいかかるだろう。(つづく)

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