不登校新聞

301号(2010.11.1)

「ちびまる子」山根役/声優・陶山章央さんに聞く

2016年01月07日 11:54 by kito-shin
 今号のインタビューは子ども・若者編集部企画「陶山章央さんに聞く」。編集部では今年5月から「声優に取材したい」と思い、さまざまにな人に依頼をしてきた。しかし、なかなか実現できず、あきらめかけていたところ、ついに声優・陶山章央さんが取材を受けてくださった。声優・陶山さんには声優になる経緯や、仕事をするうえで大切にされていることなどをうかがった。



青春時代は、ほぼアニメ一色


 今号のインタビューは子ども・若者編集部企画「陶山章央さんに聞く」。編集部では今年5月から「声優に取材したい」と思い、さまざまにな人に依頼をしてきた。しかし、なかなか実現できず、あきらめかけていたところ、ついに声優・陶山章央さんが取材を受けてくださった。声優・陶山さんには声優になる経緯や、仕事をするうえで大切にされていることなどをうかがった。

――アニメが好きで声優になったと聞きましたが、アニメはいつごろから好きでしたか?
 そりゃあもう幼稚園のころからアニメや特撮番組は見てましたよ。ベタに「マジンガーZ」(1972年~74年放送)や「仮面ライダー」(71~73年)とか。小学生のころには「宇宙戦艦ヤマト」(74~75年)の本放送があったし、中高生のころには「機動戦士ガンダム」はもちろんのこと「聖戦士ダンバイン」(83~84年)、「風の谷のナウシカ」(84年公開)にハマってたなぁ、ビデオテープがすり切れるほど見てましたから(笑)。
 
 僕の青春時代は、ほぼアニメ一色と言ってもいいくらいです。このころぐらいから大人が見ても楽しい文化度の高いアニメが増えてきたような気がしますね。

――それで声優になりたいと思ったのでしょうか?
 いやいや、そのころはまだ声優になろうなんて思ってもいなかったですよ。高校生ぐらいから、当時増え始めたアニメの販促イベントに遊びに行くようになったんです。

アニメ好きから声優志望へ


 イベントに行くと、好きな声優さんの話が聞けたり、握手やサインをしてもらえることもあって、毎週末のイベントが楽しみでならなかったですね。そのイベントで知り合ってなかよくなった友だちの一人がたまたま声優志望だったんです。しばらくして彼は「勝田声優学院という声優養成所に通う」と言って、地元の大阪を離れ、東京に旅立って行きました。とはいっても疎遠になったわけではなく、ちょくちょく電話がかかって来るんですよ、「養成所ではこんな授業があった」とか、「あの声優さんに会った」とか、それもコレクトコールで(笑)。そんな感じで彼とはよく連絡をとりあっていたんですが、あるとき、「養成所の忘年会に遊びに来ない?」と誘われたんです。その忘年会で、のちに「サクラ大戦」で10年以上共演することになる横山智佐ちゃんに出会いました。そのほかにも、当然まわりは声優を目指してる人だらけ。すごく楽しくて、2次会、3次会、4次会のころには朝になっていました。そのとき、横山さんに言われたんです。「陶山くんも声優目指しなよ」って。そう言われたら、なんかその気になっちゃって(笑)。
 
 その後、本気で声優を目指すことになり、大阪の大学に行きつつ東京の勝田声優学院に毎週末、夜行バスで通いました。

――東京まで通ったのは、たいへんだったんじゃ?
 1年間は毎週通ってました。僕にとって人生初の冒険ですから、移動が大変だとかそんなことはまったく思わなかったです。むしろ毎週日曜日の授業を楽しみに生活しているぐらいでしたよ。1年後には腹を決めて大学を中退し、東京に引越しました。一応、言っておきますが、養成所に通ったからと言って、かならず声優になれるとはかぎりません。僕の同級生も200人くらいいましたが、いまも現場で会うのは2、3人です。養成所は卒業しても資格を得られるようなものじゃないんです。僕は3年間、勝田声優学院に通いました。優秀な人は、声優事務所に所属するチャンスをもらったりしますが僕はダメでした。卒業後、江崎プロダクション(現マウスプロモーション)の養成所に2年間通いました。この養成所も卒業することはできたのですが、事務所に所属することはできませんでした。

――それは先行きが不安になりますね。
 うーん……、あんまり不安ではなかったかな。僕のまわりにはプロとして、早めにデビューして活躍している先輩や友人がたくさんいたので、「いつか自分も」みたいな……、根拠はまったくなかったけど変な自信だけはあって、自分を信じていました(笑)。
 
 その一年後、シグマ・セブンの短期講習を受け、ようやく事務所に所属することができました。いま思えば「本当に運がよかった」というのが、率直な感想です。



――5年以上も勉強をしていたので、運だけではないのでは?
 養成所というのは声優になるきっかけを得るところだと思うんです。実際にスタジオで練習させてくれたり、現役の声優さんが教えてくれたり、大切なことを教わっていたんだな~、と思うこともあります。でも実際声優という仕事を生業としていくにあたって必要な多くを学ぶのは現場です。5年間勉強してきたと言っても、プロの現場ではまったく通用しません。現場に入って初めて、スタート地点に立てたという感じです。それに「運がよかった」と思うのには理由があります。当時の僕にはまだ演ずるという事がどういうことなのかよくわかっていなかったからです。キチンとした発声をするとか、感情をこめて読むとかよりも大切なことがあるんです。言葉で説明するのは難しいんですが、「芝居心」とでもいうんですかね。
 
 そんな僕ですが、事務所に所属して数年で、少しずつ自分の進むべき方向が見えてきたんです。それからは徐々に仕事も入ってくるようになり、27歳のときに初めてオーディションに合格しました。アニメの声の仕事は、ほとんどの場合、オーディションによって選ばれます。オーディションと言っても一般公募ではなく、声優にかぎられたオーディションです。何十人もの声優がひとつの役を争うわけですから、当然レベルも高くめったに受かりません。そのオーディションで初めて受かったのが、「超者ライディーン」(96~97年放送)の鷹城電光役です。関西弁の役だったので、気合満々で挑戦しました。だいたい気合が入りすぎると失敗するんですが、そのときは気合がすべてを上回ったんでしょうね(笑)。「はじめて認められた!」、そんな気分でした。
 

 関西弁の役は、関西人に!

 
 ちょっと脱線しますが、関西弁の役はやはり関西出身の人がいいと思います。これまで、僕は関東出身の声優に関西弁を教えてくれと頼まれ、10人くらいに教えましたが、みんなすごく苦労してました。関西人の役は関西人に。これだけは強く言っておきます。

――アハハ(笑)。では、そのころから声優業も安泰に?
 いや、声優1本で暮らせるようになったのは、30歳ぐらいからです。東京に出てきてから10年間はアルバイト暮らしでした。声優って、世間一般の職業とはちがって浮き沈みが激しいし約束された給料なんてものもない、週に3~4本程度、レギュラー番組をもってないと、声優1本で生活するのは苦しいんです。

満点だけ目指しちゃダメ


――私たちにとって「働く」ことはテーマであり壁なのですが、仕事をするなかで大切にされていることは?
 声優の仕事は役をもらわなければ始まりません。役をもらうためには個性を磨くことです。人にはそれぞれ個性があるし自分だけのものが絶対にあります。自分がイヤだと思う部分も個性に含まれます。僕の場合は声がハスキーなので、ガキ大将、黒人、ふとっている人、そういう役によくキャスティングされます。言っておきますが、僕だってカッコイイ役がやりたいんですよ(笑)。でも生きていくためには需要がある役柄の演技を磨くのも大切なんです。それと、現場ではリラックスすること。プロとして最低限の緊張感は必要だけど、肩の力を抜くことです。養成所時代の先生、納谷六朗さんから「すべてのセリフに力をいれてたらダメだよ、全部100点とろうなんて思わず、これだ! という大事なセリフで100点とればいい」って言われたことをよく思い出します。僕から見れば、納谷さんのセリフは全部100点にしか聞こえないんですけどね(笑)。
 
 あとは趣味を持って楽しく生活することですね。レギュラーが1本もなくて仕事がないときでも、何か夢中になれることがあれば乗り越えられます。なんでもいいんです、じつは僕が今一番ハマっているのはアイドル! 元「モーニング娘」の久住小春ちゃんといっしょに仕事をしてからハロプロに大ハマりです (笑)。ほかにもオンラインゲーム、カードゲーム、サバイバルゲーム、フットサル、スノーボード、いろいろ趣味をもっていたほうが人生楽しいですよ。
 

 いい作品に出会えたから


――アニメ好きだったことは声優をやるうえで大きかったですか?
 大きいです。子どものころ、いい作品に出会ってきたから、いまでもいい作品に出会いたい、関わりたいという気持ちも強く、モチベーションも下がりません。

――最後に今後の夢を教えてください。
 これまで、たくさんのいい作品に出会えたことはすごく幸せなことだと思ってます。でもこれからの出会いにもかなり期待しています。僕は運がいいから(笑)。

――ありがとうございました。
(聞き手・子ども若者編集部)

■プロフィール
(すやま・あきお)声優。シグマ・セブン所属。出演作品は、「ちびまる子ちゃん」(山根役) 、「ぜんまいざむらい」(なめざえもん役)、「おじゃる丸」(父上役)、「サクラ大戦」(大神一郎役)、「きらりん☆レボリューション」(風真宙人役)など。アニメ、ゲームの声優だけでなく、外国映画の吹き替え、舞台などでも活躍している。

関連記事

本物の学びを子どもが手にするために【居場所スタッフの仕事】

197号(2006.7.1)

18年間にわたり娘を監禁 福岡市監禁事件を考える

197号(2006.7.1)

フリースクールスタッフの仕事とは【三重県津市】

198号(2006.7.15)

読者コメント

コメントはまだありません。記者に感想や質問を送ってみましょう。

バックナンバー(もっと見る)

496号 2018/12/15

父がしてくれたことで、とてもうれしかったことがありました。不登校でひとり暮...

495号 2018/12/1

バンドメンバー全員が不登校経験者という「JERRYBEANS」。そのボーカ...

494号 2018/11/15

文科省の調査によると2017年度に不登校した小中学生は14万4031人。5...