写真 林恭子さん(左)とお連れ合いの稲垣篤哉さん(右)

 私は高校2年で不登校になりました。中退後、大検、通信制高校を経て大学に入学するも通えずに再び中退。心身の不調を抱えながらアルバイトをするも20代半ばで力尽き、自宅にひきこもりました。
 
 その後、この世界の中でなんとか生きていってみようと思えるまでにさらに10年という月日が必要でした。とくに20代のころは、息をして食べて寝ているだけなのに、なぜこんなに苦しいのか、生きていける術も自信も未来も見えず、24時間365日、絶望と罪悪感に苛まれる日々。また、管理的で高圧的な母との関係に問題があると気づいてからは母との戦いも始まりました。

この記事は登録読者だけが閲覧可能な内容を含みます。続きを読むにはPublishers IDによる読者登録が必要です。