
連載「不登校50年証言プロジェクト」
小沢牧子さんは、心理学を根本的に批判されてきた方で、本紙にも創刊時から論説委員として関わっていただいている。しかし、もともとは「心の専門家」だった。1960年に国立精神衛生研究所(現・国立精神・神経医療研究センター)の児童精神衛生部に入り、学校恐怖症の研究チームに関わる。「心の専門家」のスタートが、不登校との関わりだったということだ。本プロジェクトのインタビューでは、当時のようすを聞くことに始まり、心理学におかしさを感じ始めたのはどういう経緯からだったのか、その後、不登校についてどのように考えてこられたのか、うかがった。
小沢さんが、心理学や日本の学校のあり方についておかしいと自覚されたのは、ドイツに2年ほど滞在し、心理職を離れたこと、お子さんが入学されたドイツの公立学校がとても自由であったことなどからだったという。学校のあり方を問うことなく、不登校を子どもの心理の問題として一方的に解釈する失礼さ。それを自覚されていくとともに、心理学そのものの失礼さを問い、心理学を根本から問い直されていく。
不登校について小沢さんが最初に本に書かれたのは、『子ども差別の社会』(労働経済社1986)だが、そこでは不登校を「生き物としての自然な拒否反応」と書かれていた。しかし、最近では「親が問題」と考えるようになっているという。それは、親の側に権力依存があって、それをきちんと自分たちのなかで問題にできなかったことだ、と。
また、「選ぶ」という言葉については、徹底的に批判されていた。「選ぶ」という言葉は消費社会の言葉で危険であること。障害児は国家によって選び分けられてきたこと。障害児の共学運動が「どの子も地域の学校へ」「選ぶな」「分けるな」と言ってきたことに対し、不登校運動が「選ばせて」と言ってきたことは「権力の思うツボ」ではないかと。
また、学校を選ぶというとき、それを選ぶのは親であって、そこには親のずるさがある。小沢さん自身、お子さんを私立中学校に行かせた経験から、そのずるさについて、自戒も含めて語られていた。
子どもに失礼
子どもに対して失礼、という言い方を小沢さんはよくされる。それは、子どもと大人の関係にある力関係への自覚から来ているのだろう。そうした力関係は、男性と女性、国家と民衆など、さまざまな関係にある。お話を通じて一貫していたのは、そうした力関係に無自覚でいては苦しいままで、自分の状況を俯瞰して、力関係を自覚したうえで闘っていかないと、ラクになれないということだった。
選択と考えてしまうと事の本質を見失ってしまう。自分がダメだと思うことには、「イヤだ」「ノー」と言っていくこと。それは何も複雑に考えることではなく、身体の感じることに素直に、シンプルに考えていけばいいことだと、小沢さんは話されていた。(山下耕平)
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