不登校新聞

447号 2016/12/1

大学進学以外の道はないと思っていた~不登校経験者講演録

2016年11月29日 16:54 by kito-shin
2016年11月29日 16:54 by kito-shin


 2016年11月13日、愛知県名古屋市で行なわれたシンポジウム「不登校する子どものキモチ」の抄録を掲載する。不登校経験者、支援者、スクールカウンセラーなど5名が登壇したシンポジウムのなかから、不登校経験者で現在は就労支援に取り組むCafe「スマイル」を経営する廣瀬のり子さんのお話を掲載する。

 私は高校2年生のときに不登校になりました。小学校時代には学校から表彰さ
れるなど、いわば"お利口な子”でした。高校受験のときも頭がおかしくなるくらい勉強して、進学校に入りました。入学してからも復習はもちろん、次の日の授業の予習も完璧にこなすために、毎日夜中まで勉強していました。成績が落ちるのは死ぬほど恥ずかしいことだと思っていたし、何よりも怖いことだったので、とにかく必死でした。
 
 そんなある日、教科書にいっさい触れなくなりました。その次の日、学校のカバンに触れなくなりました。それを機に学校からどんどん遠ざかるようになり、不登校になりました。
 
 学校に行かなくなると、担任の先生だけじゃなく、進路指導や生活指導の先生までもが入れ代わり立ち代り、家庭訪問に来ました。でも、そこで異口同音に口にするのが「今戻れば、あなたはどこの大学にも行けるんですよ」とか「今は"はしか”みたいなもんだから、ちょっと休めば大丈夫だから、しばらくしたら戻ってきなさい」ということばかり。
 


 傍から見れば、学校に突然行かなくなったように映るかもしれませんが、そうではありません。17年間重ねてきた無理とか、今までの抑圧された気持ちとか、いろいろな思いが積もり積もっていたわけです。でも、先生方の対応には「大学進学率のことしか頭にないんだな」ってことが透けて見えちゃう。それでもまだ"お利口な子”だった私は、先生の説教や説得を一通り聞いていました。で、先生が帰った後に大暴れする。家のものを投げたり壊したり…。それをくり返すうち、次第に家に居ること自体が苦痛になってしまったんです。
 

猫との出会い 愛される感覚

 
 その折り、北海道の牧場で乳搾りをするという住み込みのアルバイトを見つけて働くことにしました。高校は1年間留年することになりましたが、この経験は私にとって大きかったと思います。
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