不登校新聞

346号(2012.9.15)

声「人生を生きるとは」

2013年06月24日 16:34 by kito-shin

誰にも自分の言っていることや訴えが通じない。思いが伝わらない。誰にも理解されない思いを抱え、行きたくない場所に行く子どもの気持ちは恐怖とあきらめと絶望ではないだろうか。

私は子どもにとって「通じぬ親」だと思う。子どもが不登校になってもうすぐ2年になる。この2年間、子どもが不登校という現実を前に、私は自分のなかにある価値観や不安に揺れ動いてきた。子どもを理解し、受けいれたいと思う一方で、下の子は何事もなく幼稚園や学校に行ってほしいと思っている私がいる。

今年の4月、3歳の息子の幼稚園の入園式の前日、11歳の姉はひとり、泣いていた。

「今日が最後の日だった。明日からはお別れだ。もう少しいっしょにいたかった」。

いままでやってこれたのは弟のおかげ。気をつかわれるのではなく平気でわがままを言ってくれる弟がいたから何とかやってこれた、と。

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