不登校新聞

455号 2017/4/1

週1で別室登校、行かないとダメになると思って【当事者手記】

2017年03月31日 16:15 by motegiryoga


不登校経験者にお話をうかがった。当時、もっともつらかったことはなんだったのだろうか。

――不登校はいつから?

 中学1年からです。原因はいじめでした。荒れている学校だったので先生に相談したら「チクったな」となってしまって。悪口を言われたり、趣味のイラストを描くのを邪魔されたり。別室登校をしていたときには、部屋の扉をドンドンたたかれたりもしました。すごく怖かったです。

 母親は、「学校は行くべき」という考えの人でしたが、カウンセラーのアドバイスを受けて、その後「行きなさい」とは言わなくなりました。でも、私自身は、「学校に行かないとダメになる」という気持ちが消えず、週1回くらいのペースで別室登校を続けていました。

――一番きつかったのは?

 じつは学校よりもたいへんなことがありました。私は小さいころからお芝居が好きだったので、中3の夏から1年ほど、「劇団ひまわり」の養成所に通っていたんです。中学卒業後、高校へは行かなかったので、週5日、養成所でレッスンを受けました。しかし、きびしい叱責から稽古がつらくなってしまい、続けられなくなってしまったんです。
 
 そのときは相当へこみました。「学校がダメでも、好きなお芝居の道なら生きていけるかも」と思っていたんですけど、「ここでもダメだったのか」という感じで。「好きなことさえできないなんて、私って何にもできないんだ」と思っていました。この時期は本当にどん底でしたね。でも、このあとに転機になることがありました。

――というと?
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