不登校新聞

243号(2008.6.1)

不登校 15歳にインタビュー

2017年04月20日 12:47 by koguma


 今回の子どもインタビューは、工藤健仁くん。工藤くんは現在、東京シューレに通いながら、「Fonte子ども若者・編集部」に参加しているほか、今夏佐賀にて行なわれる全国子ども交流合宿の実行委員長を務めることになった。自身の不登校経験や、子ども交流合宿への思いについてうかがった。

――不登校のいきさつは?
 小学校5年生終わりごろだった。その学校では1年生から6年生まで2人ずつ集まって12人の班をつくるんだ。その班ごとに昼ご飯を食べたり課外活動をするんだけど、僕の班の担当だった教師とまったくソリが合わなくて。理不尽に押さえつけられたり、決めつけられたりすることに反発してたら「生意気だ」と怒られて。それでだんだんと居づらくなってきたのもあるし、もともと学校の校風にも合わなかった。だから、学校自体がイヤになってた部分があるのかな。

――不登校をしたこと、いまはどう捉えてる?

 不登校は楽しいよ。不登校になってよかったと思うもん(笑)。

 教科書に書いてあることをこなしていくよりも、北海道や沖縄旅行を自分たちで企画して実行していくっていう今の生活のほうが楽しいし、自分に合っていると思う。「Fonte子ども・若者編集部」にも関わるようになって、地球温暖化の影響で海に沈もうとしているツバルを救う活動をしている遠藤秀一さんや眠りのヒミツについて井上昌次郎さんなど、いろんな人に話を聞けたりしたしね。

 なかでもとくに印象的だったのは、自民党元幹事長の野中広務さんにインタビューをしたことかな。戦争について話を聞きたくてオファー出したんだけど、今年83歳になるとは思えないほど、眼光の鋭さとかハンパじゃなくて(笑)。

 今の自分の年齢で、こういう経験はなかなかできないんじゃないかなと思うし、これって、ほとんど自分の内側から出た企画なんだよね。だからこそ、心からおもしろいと思えるんだと思う。

――来年16歳になるけど、やってみたいアルバイトとかある?
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