今回は、2人の祖父母の方に手記を執筆していただいた。お二方とも、不登校の孫を持つ祖父母として、4月28日の「『Fonte』読者オフ会in東京」にご参加いただいた。祖父、祖母、双方の立場から見た不登校、そして孫との関わりについてお書きいただいた。



自身の本能に正直に従った姿


 ついこの間、初めて奥地圭子さんにお目にかかったばかりでお手紙をいただいて、「うれしく拝見」と申し上げたいのですが、「孫の不登校に悩む方々へ、あなたの感じていることを『Fonte』に書いては」とのこと。
 
 考えを一向にまとめられません。しかし、せっかくの機会に娘と孫の姿を理解するために書いてみます。
 
 娘夫婦は2人の幼児を連れて未知の地、島根へ移り住んで、未経験の自営業を始めました。
 
 3男が生まれたころ、4年生の長男に喘息が出て、次男は入学式以来学校を好まず、娘は毎朝、2人の子の欠席依頼の電話をしていました。
 

戦争と不登校 重なる思いに

 
 離れて暮らす私は出産の手伝いに行くだけでしたが、乳飲み子を背負って、上の子どもたちと図書館から帰ってくる娘の姿を忘れません。
 
 書き始めて、自分の意識の底にあったものが覚めました。私は14歳のとき、敗戦と兄の戦死を経験しました。それから2児を産んで母親の自覚といっしょに、戦争への怒りを感じる機会に出会いました。
 
 国家権力と学校教育と世間の常識の組み合わせが、不登校問題に重ねて思い起こされたのです。
 
 権力で統一化される画一化の押し付けを本能で跳ね返す姿を不登校の子に感じたのは思いすぎですか。これから『Fonte』からも学んでいきたいと思います。
 
 娘の5男が10歳になり、毎日、友だちが来ていたのは昔になりました。兄弟が固まって暮らしてきましたが、ケンカを見たことがありません。父親が相手になれるときは、コロコロと笑い転げました。
 
 年の順に「松江フリーダス」へ車でも、片道1時間あまりかけて行きました。吾郷さん方のお世話を受けて成長しました。長男が上京すると、千葉の下村さん、武田さんにたいへんお世話になりました。
 
 私の友人の娘さんが不登校になったころ、相談できるのは、公の相談所と医師だけでした。気丈な友人でしたが、とうとう自分がうつになりました。
 
 孫の不登校は、幼児が自分の本能に正直に従った姿だと解したら、その正直こそ大切に、迎合しない人格を育てたいと思うと、育つ環境の必要性を痛感します。せめて、娘、孫たちへのできるかぎりの協力を、と心に決めました。
 
 奥地さんのたゆまぬご尽力と運動の広がりに深謝しつつ、私なりに気づく機会を与えられたことに御礼申し上げます。健康を切にお祈りして。