本欄「仮説なんですが…」はリレー執筆の連載です(全6回予定)。不登校の当事者、親、支援者、識者らが横並びで、自身が思う「もしかしてこうなんじゃないか」という仮説を紙面で紹介し、議論の幅を広げたいと思っています。ぜひ編集部にも声をお寄せください。

 「私はふつうの学校に通いたかったんだ」と強く訴える不登校経験者と出会った。その人の言う「ふつうの学校」とは、全日制の高校のことを指していた。定時制や通信制の高校と比べて、全日制を「ふつうの学校」と呼び、そこに通えなかった経験を嘆いていた。

ふつうを問うのが不登校なのでは…


 その人と話していて、私はなんともモヤモヤした感覚を覚えた。私はむしろ「ふつうの学校」には二度と行きたくないと思っていた。私も不登校をし、フリースクールやオルタナティブスクールの活動に触れ、実際、通ってもいた。「ふつうの学校」の抑圧性や暴力に気づき、「ふつうの学校へ」と固執することをバカバカしいと思うようになっていたからだ。「学校に行く」という当たり前を批判的に問い直して、学びをもっと幅広く捉える。そういうことをしたほうが、もっと生きやすい社会を実現できるのではないか。「ふつうの学校に行きたい」と考えている人もそうするべきだろうと思っていた。


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