不登校新聞

462号 2017/7/15

親の会、居場所の問い直し【不登校50年/公開】

2017年07月14日 10:11 by kito-shin


連載「不登校50年証言プロジェクト」


 私が最初に松江にうかがったのは、まだ「東京シューレ」のスタッフをしていたころ、子どもたちと貧乏旅行で訪ねたのが最初だった。子どもの居場所「フリーダス」に泊めていただいて、その年に松江で開かれた、登校拒否を考える夏の全国合宿にも参加した。本紙創刊の年、1998年だったように記憶している。もう約20年も前のことだ。あのころは、本紙創刊も含めて、不登校界隈は活気に満ちていた。全国各地に親の会や居場所が次々に立ち上がり、親も子どもも、全国合宿に集まれば、夜通しおしゃべりしたりしていた。それまで否定視されていた不登校への見方をひっくり返し、当事者が問い直していくエネルギーが、そこには満ちていたように思う。

 ところが、2000年代以降、ひきこもりや、発達障害や、子ども・若者の貧困などがクローズアップされるにつれ、不登校の界隈からは、活気が失われていったように感じる。学校基本調査で発表される不登校の数も、なぜか頭打ちとなり、精神医療にかかる子ども・若者は増え、親の会に人が集まらなくなり、フリースクールなどの子どもの居場所なども、かつてのような元気さはなくなっていった。

見えにくい、苦しさのなかで


 ここ最近は、また親の会や子どもの居場所に人が集まっているようだが、やはり、90年代までと現在とでは、大きく状況が変わっている。不登校への偏見は、かつてより減ったように思えるが、子どもたちも親たちも、むしろ、かつてより苦しくなっているように感じる。そしてその苦しさは、以前よりも見えにくく、言語化もしにくくなっている。もやがかかったように、ハッキリとしない苦しさがある。いったい、何が変わり、何が変わってないのだろう。

 そのあたりのことを、親の会や居場所に長年、関わってきたおふたりに、ざっくばらんにお聞きしたかった。とくに、若者が苛酷な状況に置かれているなか、不登校その後も踏まえたうえで、不登校をどう肯定できるのか。おふたりのお子さんたちの現況も含めて、うかがいたかった。また、教育機会確保法をめぐって、親の会によって意見が大きく分かれたことについても、その背景を含めて、じっくりうかがいたかった。

 話しにくいこともたくさんあったと思うが、おふたりは、真摯に、ていねいに話してくださった。話し手のひとり、吾郷一二実さんは、親の会「カタクリの会」の世話人をする一方、子どもの居場所「フリーダス」に関わり続けている。もうひとりの木村悦子さんは、当初は「カタクリの会」と「フリーダス」両方の代表をしていたが、いまは若者の居場所「YCスタジオ」の理事長をしている。おふたりには、親、子ども、若者に関わり続けながら見えてきた、さまざまな問題について、ほんとうに踏み込んで語っていただいている。いわば、不登校の内側から、不登校を問い直したインタビューになっているように思う。ぜひ、本編記事を読んでいただきたい。(本紙理事、プロジェクト統括・山下耕平)

本編はこちらのブログへ

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