不登校新聞

467号 2017/10/1

「いまここが最強の居場所」説 社会学者・関水徹平

2017年09月29日 12:55 by kito-shin



連載「仮説なんですが…」vol.8

 先日、ひきこもり当事者、経験者、支援者、親などが集まって話し合う、ある会に参加した。話し合いのテーマは「あなたにとっての居場所とは」。参加者の話を聞きながら、自分にとって、居場所って何だろう、どこにあるんだろうと考えていた。

 考えたのは、「いま」自分が参加している場が、居心地がいいかどうか。「居てもいい」というシグナルを受け取ることができる場所なら、そこは自分の居場所だと考えていいんじゃないか。公園のベンチ、トイレの中、喫茶店、いまのように誰かといっしょにいる場所。そう考えたら、自分にはけっこう居場所があるかしれない、と思った。少しほっとした。

こんなことをやってる場合じゃ…

 今の社会には、「自分が居てもいい」と思える場所が少ない、と思う。理由のひとつは、他人の期待に応えられることに価値があり、できなければ価値がないという能力主義的な視線のせいだろう。それは誰より自分のなかにある。

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