不登校新聞

467号 2017/10/1

『シン・ゴジラ』『エヴァ』庵野監督に聞く不登校【おすすめバックナンバー】

2017年12月11日 12:23 by shiko



『不登校新聞」の過去記事、読んでみませんか? WEB版なら10年以上のバックナンバーが読み放題です。過去には「新世紀エヴァンゲリオン」などで子ども・若者に多大な影響を与えた庵野秀明さんのインタビューもありました。おすすめ記事として再掲します。

――どんな子ども時代をすごしていましたか?

 僕の小学校時代は世間でいう優等生。勉強もそこそこできて、子どもだったけど偽善的でしたね。高校に入学したときに「もう勉強はいいや」と思った。「こんなことは絶対社会にでてやらない」という内容ばかりだった。中学生のころまでは勉強が何かの役にたつと思っていたけど、そのころには受験勉強とはテクニックなんだと感じていた。そのテクニックを身につけるための方法論が社会に出たときのためになる、という言葉は方便にしか聞こえなかったですね。

 大学は実技試験しかない大阪芸大へ入学した。大学2年目までは、わりと通っていたけど、3年目には大学生の「関西SF連合」というSF研究会のグループでイベントのスタッフをして、オープニングアニメーションをつくったり、自主制作の映画とかをつくり始めていたから、学校に行っている暇がなくなった。学校よりもそこで活動しているほうがおもしろかった。それで、大学は通わず、お金も払わないでいたら、放校処分になりました。

――その後、どのようにアニメづくりをされてきたのでしょうか?

 大学を辞めて宮崎駿さんのところに就職した。

 宮崎さんのところではアニメーターとして『風の谷のナウシカ』の原画を描いた。アニメの師匠的存在の人は宮崎駿さんと『TV版 超時空要塞マクロス』の作画監督板野一郎さん。その2人からものをつくる姿勢や根本的なこと、レイアウトみたいな技術的で細かいことまで、多くのことを学んだ。

 そのあと、フリーのアニメーターをしてGAINAXに参加した。本格的に監督をはじめたのは、88年に『トップをねらえ』という企画に出会ったのがきっかけ。それが終わってすぐに『ふしぎの海のナディア』の監督をやることにもなった。ナディアが終わったあとは、自分のなかのものをすべて出し切ってしまい「やれるものはもうない」という感じだった。自分から出てくる企画がナディアの亜流みたいなものになってしまい、どれも手がつけられなくなった。さらに、やっとつくろうと思った映画も製作途中で中止になって、かなり追いつめられた。だから、そのあと95年の『新世紀エヴァンゲリオン』はかなり追いつめられたときの作品だった。

――エヴァンゲリオンのあと、どういった活動をされたのですか?

 『新世紀エヴァンゲリオン』で、アニメはやり尽くしたという感じがあった。実写映画『LOVE&POP』を撮って、少女漫画を原作としたTVアニメ『彼氏彼女の事情』を経て、製作後に「これでいよいよアニメでできることはやり尽くした」という気持ちが強くなった。さらに去年、実写映画『式日』を撮った。この映画は観てくれるお客さんを選ぶ作品で、自分としては行くところまで行き着いた感がある。

 でも、行き着いた感があるからこそ、また、別のものが生まれるのではと自分で思っている。ぼくはやれるときとやれないときの振り幅がでかくて、新しいものをつくるためには、壁に思いっきりぶつからないと次のところに行けない。

――アニメをつくる魅力とはなんですか?

 自分だけがどんなにがんばっても、100点以上のものは出てこないけど、アニメや実写映画は集団作業で、ほかのスタッフの人たちとミックスされたときに一種奇跡のようなことが起きることがある。そういう時には200点にも300点にもなる。それは意識してつくれるものではなくて、映画の神様が降りてきてくれるようなそういう瞬間がある。自分では思いつかないようなところへ持っていってくれる。だから、アニメは面白い。それが現場の持つ「場の力」だと思うし、当然、枠にはめていたら、出てこない。

 アニメをつくるとき、作品に自分が近すぎると頭がおかしいような状態になる。だから、どこか醒めていないと僕はつくれない。創作活動でよく言われるのが自分癒し。たとえば、絵を描くことによって、自分のおかしくなりそうな部分を押さえているようなパターンもある。村上龍さんは「表現とは自分のなかの穴を埋める作業だ」と言っている。僕も自分のなかに穴が空いていて、ものをつくっていないとその穴が埋まらないですね。

――学校に行かないことについてどう考えられていますか?

 日本の教育システムも、教科書も、現場の先生も、文部科学省も問題だらけだと思う。たとえば学校のテストでも減点式テストだからミスをおかさない人間が優遇される。僕のように壁にぶつからないと次のところへ行けない、次のものをつくれないという人間に合った教育が日本にはまだない。採点システムが一つしかないことにも無理がある。そこに肌が合わないなら別に行かなくてもいいと思う。人間は本当にイヤなことからは逃げたほうがいい。学校にそれほど大事なものがあるかと言えば、僕の場合は友だちしかいなかった。学校でも会社でも、どうしても日本では閉鎖的な社会をつくってしまう。そういうところから逃げる権利はあると思う。本当にイヤなら逃げたほうがいい。逃げるというよりは戦略的撤退。逃亡よりは転身。自分がガマンができるところへ行くほうがいいと思います。

――自分らしく生きることについてどう思われますか?

 僕はたまたまこういう仕事をしていて、わがままが通る。でも、わがままを聞いてくれる人や環境にあるからこそ、わがままが言える。聞いてくれる人がいるからこそ、自分らしくみたいな雰囲気がだせると思う。ただ、最低限守らなければならないのは自分のモラルだと思っている。いわゆる映倫などで話される倫理的なモラルとは違うけれど、自分のなかでこれは見せたくないから、ダメなんだ、と思っていることは大切にしている。  

 自分らしく生きることにもつながってくると思うけど、迷惑をかけるようなエゴでなければ、一度きりの人生だし、自分の好きなことをやったほうがいい。このまえ読んだマンガで「生まれてくるのは宿命で、生きていくのは運命だから、宿命は変えられないけれど、運命は変えられる」と書いてあって、なるほどなと思った。生まれてから死ぬまでのあいだの部分はやはり自由。極論を言えば、自分で自分の人生に幕を下ろすこともできる。そこまで含めて自由なのだと思う。自分らしく生きるというのは今の日本では大変かもしれないけど、まったく不可能な話じゃないと思っています。やれることはやっといたほうがいいと思いますね。

――ありがとうございました。(聞き手・子ども若者編集部)

2001年8月1日号『不登校新聞』より転載

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