不登校新聞

470号 2017/11/15

もう死にます、ごめんなさい 小6女児が“謝った”理由

2017年12月18日 14:28 by shiko


 今回手記を書いたのは15歳の不登校経験者(女性)。不登校当時のつらかった気持ちを書いてもらった。
 
 私の不登校のきっかけは、幼稚園の先生からのいじめでした。先生は機嫌の悪い日は私に当たり散らすような人でした。学芸会でハンドベルをやったとき、私だけ、まともに教えてもらえなかったうえに、失敗すると「やる気あんの?」と怒鳴られました。わからないことを友だちにたずねると、「教えちゃダメ!」と友だちが答えるのをさえぎりました。それ以来、私は人に何かをたずねるのはおろか、話しかけるのも怖くなってしまいました。
 
 その後、小学5年生でも、ひどいいじめに遭いました。まわりの生徒は私のことを「くさい」と言って鼻をつまんで歩きました。また主犯格の子はストーカーのように、私のことを四六時中監視していました。「○○から給食を食べてたね」「××としゃべってたでしょう」「その服は何日前に着ていたね」と。
 

誰にも言えない、きっとわかってもらえない

 
 いじめられていることは家族にも誰にも言えませんでした。親は私が「学校に行きたくない」と言っても、無理やり連れて行くような人でしたから、「話してもわかってもらえない」と思っていました。
 
 小学6年の秋まで、いじめられながらもなんとか学校に行っていたのですが、ある日、いじめが激しく、先生からも怒鳴られて、本当に嫌なことばかりが重なり、自分のなかの何かがぷつんと切れてしまい、「もう死のう」と思いました。家に帰ってきて、2階で泣きながら、この世のすべてのものに謝りました。「もう死にます、ごめんなさい」と。学校にも家にも居場所がなく、どこにも逃げ場がありませんでした。
 

不登校なんてできない

 
 「不登校」という選択肢は自分のなかにありませんでした。「ただ生きていく」ということですら、もうムリな状態でしたから、もう「死」しか道が残されていないと思っていました。

 結局死ぬことはできずに、保健室登校をしました。保健室の先生は、すごくいい先生でした。ギリギリのところで、その先生に救われました。そして中学に入学しました。
 
 しかし、いじめは中学校でも続きました。というのも、私の住んでいるところはちいさな町です。中学校には私をいじめていた人たちも含め、みんなそこに入ります。私は中学校の入学式から完全にシカトされていました。ずっとひとりの状態でした。それで中1の秋からまた不登校になりました。
 

変化は親の変化から

 
 しかし、そのときは「死ぬしかない」とは思わなかったです。「死のう」というより「このままじゃあぶない、学校から早く逃げよう」という感じでした。なぜ考えが変わったのかというと、いま思えば、親の対応が小学校のころとは変わっていたからだと思います。そのころの親は私を無理やり中学に行かせようとはしませんでした。あとから聞いたら、親はひどくやつれている私を見て、「もうむりやり行かせている場合ではない」と思ったそうです。親が変わってくれたことで、家のなかが多少、自分の居場所になっていました。だから、「死ぬ」以外の選択肢を持てたんだと思います。
 
 この4月で中3になりましたが、相変わらず不登校です。でもいまは、親が自分の味方になってくれていると思えるので、安心して家にいられます。親の協力もあって、学校とも距離をとって生活できています。毎週金曜日に先生がプリントを持ってくるので、本当はそれもなくなればいいのですが(笑)。
 
 私がつらかったときに、心の支えになったものがあります。ロックバンドのXJAPAN、とくにギターのhideさんでした。本当になんども死のうと思ったけれど、Xの曲や、hideさんのインタビューを読んで、思いとどまりました。
 
 先日、『不登校新聞』の企画で、XJAPANにインタビューのオファーを出しました。この記事が届いて、企画が実現できればうれしいです。

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