不登校新聞

472号 2017/12/15

不登校して毎日バトルだった母が変わったきっかけは

2017年12月13日 17:09 by kito-shin



 2017年9月30日から10月1日にかけて、北海道札幌市で行なわれた「全道のつどい」の若者シンポジウム抄録を掲載する。登壇者は3名。不登校した時期も「不登校その後」の歩みも異なる経験者が「今だからこそ話せる不登校当時の思い」について語った。

 私が不登校になったのは、中学1年生の後半ぐらいでした。学級代表をしていたんですが、どうしても担任とソリが合わなかったんです。「あなたはこういうタイプだから、こうあるべき」と決めつけてくることに納得いかなくて、学校に行かなくなりました。

 そこからは毎日が母とのバトルでした。母とどうやって顔を合わせずに朝をやりすごすか、どうやって学校を休む理由をつくるかということを必死に考えていました。寝るときに窓を開けっぱなしにして風邪をひこうとしたこともあれば、腹痛を起こすためにお腹を出しっぱなしにしていたこともあります。

 最初のうちはそれも通用するんですが、1~2週間も続くとさすがに「病院に行こうか」となるわけです。とはいえ、医者も「疲れが溜まっているのかな」ということぐらいしか言わないので、そこで母も気づいたと思うんです。うちの子、不登校なんじゃないかって。

毎日がバトル “私を認めて”

 それからしばらくして、「札幌自由が丘学園」というフリースクールに通うことにしました。「母に認めてほしい」という思いから自分で探し、「私はここに通います」と宣言しました。

 ただ、それでもやっぱり、母は学校に戻ってほしかったんでしょうね。顔を合わせるたびにケンカするようになってしまい、本当に毎日がバトルでした。家にも居られなくなって、お金も持たずに、通っていた病院に駆け込んだこともありました。

 母に認めてもらえなかったことは、今ふり返っても、いちばんつらいことでした。あるとき、母のノートを見つけてしまったんです。

この続きは1ヶ月無料のお試し購読すると
読むことができます。

関連記事

「学校へ行けない僕は失敗作」 追いつめられた僕に訪れた転機

518号 2019/11/15

あの凄惨な事件から40年、私にとっての戸塚ヨットスクール

518号 2019/11/15

「親はちょっと黙って見てて」14歳不登校経験者が目指す未来

517号 2019/11/1

読者コメント

コメントはまだありません。記者に感想や質問を送ってみましょう。

バックナンバー(もっと見る)

518号 2019/11/15

学校へ行くのが苦しくなり始めたのは小学校6年生ごろです。自分でも理由はよく...

517号 2019/11/1

不登校経験者の子ども若者からも人気を集める絵本作家のヨシタケシンスケさん。...

516号 2019/10/15

NGO「ピースボート」のスタッフで、不登校経験者でもある堀口恵さん。「中学...