不登校新聞

475号 2018/2/1

心理カウンセラー・内田良子さんに聞く【不登校50年プロジェクト】

2018年01月29日 14:19 by kito-shin



連載「不登校50年証言プロジェクト」

 身近な人ほど、知らないことも多い。内田良子さんは、本紙にも創刊時から論説などで関わっていただいており、かなりよく知っているつもりではあったが、今回、あらためていろいろお話をうかがっていくと知らなかったことも多く、自分の文脈からだけで人のことを見て、わかった気になってはいけないと、あらためて感じた。

 内田さんは、ご自身も小学校のころによく学校を休んでいたそうだが、お母さんは内田さんが小学校に上がる際、「先生の言うことを信じちゃいけないよ。先生はまちがえることがある」と言っておられたという。上から言われることを鵜呑みにせず、自分の頭で考えて行動する。それは、内田さんの一貫したスタンスになっている。

 学生運動にかかわり、専門家というものを根底から問い直してきた内田さんは、専門家というのは、もともと権力に奉仕するよう養成されるものであるから、みずからを問い直し、誰のために何をするのかを常に問い直し続けなければならないという。

学校アレルギー

 内田さんも心理の「専門家」であるが、1973年、病院の心理室に勤め始めた当初から、心理テストには批判的で、ほとんど実施することはなかった。そして、心因性のぜんそくが疑われる子どもたちの話をていねいに聴いていくなかで、学校がある日に発作がひどくなるなど、学校生活との関係が見えてきたという。どうもこれは「学校アレルギー」ではないかというのが、不登校に出会うきっかけだった。

 内田さんたちは、1982年から親の会や当事者の会を開いてきて、会のなかでは家庭内暴力など、さまざまな問題に直面することもあるが、そこにはかならず背景があるという。親や大人は、そこに聴く耳を持たなければならない。子どもの声を聴くというのは、子どもをひとりの人間として尊重することだと内田さんは言う。

 また、内田さんは、不登校の問題は再び個人病理の問題とされてきていると指摘する。かつて不登校は子どもの性格や親の育て方の問題として、子どもも親も、ともに「被告席」に立たされていた。しかし2000年代以降になると、子どもたちは発達障害などの診断を受けることが増えた。そうしたなか、親や教師は、みずからを問うたり、学校のあり方を問うよりも、再び専門家に問題をあずけてしまうようになってきてしまった。学校にはスクールカウンセラーが配置され、親も、市民の親の会よりも教育行政の開く親の会や医療機関へと促される。そこに投薬治療の問題も出てきている。そうしたなか、子どもたちからは「休む」ことが奪われてきてしまっている。

すべての子に休む権利を

 内田さんが一貫して主張してきたのは、子どもには休む権利を保障することが何より大事だということだ。それは不登校の子どもにかぎらず、すべての子どもにとってということである。

 教育機会確保法をめぐっても、休むことをめぐる議論が、ひとつの大きな焦点となった。インタビューでは、教育機会確保法についても踏み込んでうかがっている。この法律をめぐっては、いろいろな意見があり、推進する側と反対する側で対立した面もあるのだが、いま一度、考え合っていくためには、対立したところをタブー視するのではなく、論点をきちんと出していく必要があるように思っている。くわしくは本編を読んでいただきたい。(本プロジェクト統括/山下耕平)

●内田良子さんへのインタビューはこちらから
http://futoko50.sblo.jp/article/182214231.html

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