さまざまな事情により、中学校で勉強することができなかった人のための場所に「夜間中学校」がある。しかし「日本語が話せるようになりたい」外国籍の生徒と、高校進学などを目指す不登校経験者が、同じ場で学ぶことは可能なのか。不登校経験者の佐藤ゆう子さん(仮名)は「学び直したい」との気持ちから夜間中学へ入学したが退学。また歌人・鳥居さんも同様の理由から入学したが休学中である。両名に入学前の期待感と、入学後に直面した現状と課題についてメールを通じて対談してもらった。
佐藤ゆう子さん(仮名/以下・佐藤)
私は小学2年生から学校へ行かなくなりました。自分で決めた不登校ではありますが、30代になった今でも勉強への引け目を感じています。「どうせみんなと自分はちがう」、そんな気持ちが大人になってからも続き、仕事の選択肢が少ないことや、仕事を始めても、臆病で自信がなく、職場の輪になかなか入れずに悩み、何度も挫折をくり返してきました。
鳥居 基礎学力が身につかず「自分には未来への選択肢がない」「自分だけが、みんなとちがう」という気持ちを抱えるのはとても苦しいことだと私も共感します。しかし「自業自得ではないか」と指摘されたら、佐藤さんはどう返答しますか。つまり、自分で不登校を選んだのだから、勉強ができないことや進学や就職、さらには結婚や交友関係にまで影響が出るのは「当然ではないか」という指摘する人がいたら?
佐藤 それを「自業自得だ」と言う人がいたら、その人は、きっと今までいろんな人に支えてきてもらっていることに気がついていないんでしょうね。
鳥居 たしかにそうですよね。私自身の話をすると、以前、病院で検査をしたところ、私の知能指数は、東大生の平均を上回っていました。しかしいまだに私は分数の計算すらできません。
児童養護施設で監禁などの虐待を受けていたために小中学校の勉強をする機会がありませんでした。「両親の収入が高いほど4年制大学への進学率が高くなる」など、学力と所得の関係はよく知られています。「自業自得」なのではなく「環境が人生を左右する要素である」と言えると思います。
もっと環境が注目されても
「環境要因」について考えさせられたのは私自身の経験からだけはありません。私は学校へ講師として呼ばれることがありますが、うかがった学校は、いわゆる難関校から底辺校まで、さまざまでした。そこで生徒さんを見て感じたことは「大人に信じてもらってきた」という経験値の圧倒的な差でした。底辺校に通う生徒さんは高い能力を持っていても「どうせ自分なんて、何をやってもムダ」と、自信がない。この思い込みは、もしかしたら過去の教育現場で押しつけられてきた洗脳や呪いのようなものかもしれません。みんながもう少し環境のおかげ、あるいは環境のせいだと自覚して主張してもいいんじゃないか、と思います。というのも、その人の置かれた「環境」が注目されることで、教育全体の改善、ひいては世の中のためにもなるのではと思うからです。
教育の権利は
話を夜間中学校へと戻します。学校へほとんど通っていない不登校の人でも「中学校卒業資格がある」という理由で、多くの人が入学を断られてきました。不登校だけでなく、さまざまな事情を持った人も同じです。しかし、子ども時代に闘病生活を送っていた人、虐待や人身売買にあっていた人など、いろいろな事情があった人たちにも教育の権利は保障されるべきです。
私自身も5年前から、さまざまな背景を持つ人が夜間中学校へ入学できるよう活動をしていました。私の声は国会にも届けられましたが、私以外にもたくさんの人が活動しました。その結果、長いあいだ無視されてきたいわゆる「形式卒業」の問題に目が向けられ、夜間中学への入学要件が大幅に改善しました。それが2015年のことです。貧困と教育の格差が改善される一歩につながったことは本当にうれしいことでした。
私もそうですが佐藤さんも要件緩和後に夜間中学校へ進学されています。その経緯を教えてください。
佐藤 私は自分が不登校だったことを他人に話すのも抵抗がありました。しかし「学び直したい」という思いから自主夜間中学校へ入学し、引き算から教えてもらっていたんです。けれども、仕事との両立は難しく、なかなか学校へ行けない日が続いていました。そんなとき自主夜間中学校の人から入学要件が緩和したことを教えてもらいました。
じつは以前も、公立への入学を希望したことがありました。しかし、そのときはその場で断られてしまったんです。「卒業証書を持つ人は入学できない」と。なので条件が変わったと聞いてすごくうれしかったんです。人間関係や勉強、自分の人生をあきらめていたけれども「この機会にやり直したい」と思った人が私以外にもきっといたと思います。
鳥居 小中学校9年間分の勉強を塾で学ぼうとすると80万円から100万円程度が必要だという試算を以前、見つけました。試算では「1年間で9年間分の授業を学ぼうとすれば」という設定だったので実際にはもっと費用が必要でしょう。基礎学力を身につけるということは、自分で生活費をまかなっている人にとっては本当にきついことです。毎月の家賃や生活費がギリギリなのに、貯蓄をくずしながら時給が発生しない勉強に時間をついやす。そんなことは、とうていムリだと感じました。いったん「ふつう」を失うと「ふつう」をとり戻すことがいかにたいへんか……。これは経験した人にしか、わからないことかもしれません。
佐藤 不登校にならざるを得ない「環境」については考慮されず、本人の自己責任にされることが多いですよね。ただ、入学した公立の夜間中学校には80代の同級生がいたり、熱心に教えてくださる先生もいて、机や教室、教科書があって、私ができなかったこと、やりたかったことができていると最初は感じました。
知識不足を一喝する教員
鳥居 佐藤さんが入学された学校の規模や授業のようすを教えてください。
佐藤 学校全体の生徒数は100名以上いたと思います。生徒は、外国籍の方向けの「日本語教育コース」と、中学校の授業内容を学ぶ「普通学級コース」のどちらかを選択します。私の普通学級コースのクラス人数は5~6人だったと思います。あるとき、理科の授業で「モンシロチョウ」についての説明がありました。80代の同級生は蝶に名前があることをそのとき初めて知ったそうなんです。すると理科の先生が「そんなことも知らないの!」と一喝したんですね。
こうした件は一度や二度ではなく、その対応には疑問が残るものでした。また、仕事と学校の両立は体力的にもつらく、寝不足と疲労から半年間で自主退学しました(上記の図参照)。ただし退学した一番の理由は、まだ言葉にすることができていません。通った夜間中学校は、私が求めていた「学校」ではありませんでしたが、では私は「学校に何を求めていたんだろうか」と。そこが整理して考えられていないんです。
鳥居 「夜間中学校は外国人に日本語を教えるところだ」という指摘もありますね。佐藤さんの学校では中学校の授業内容を学ぶ「普通学級コース」もあったそうですが、実際に学習するのは中学生以下の内容ですね。そうした学校だと高校進学を目指す不登校経験者も基礎的なクラスに入るしかありません。ただ、不登校経験者などの本格的な受けいれは始まったばかりですし、今後に期待しています。
さて、最後にマララ・ユサフザイさんの言葉を引用して、この対談を終えたいと思います。
『世界は、基本教育だけで満足していいわけではありません。世界の指導者たちは、発展途上国の子どもたちが初等教育だけで十分だと思わないでください』。
■メモ 夜間中学校と不登校経験者の入学
夜間中学校の正式名称は「中学校夜間学級」。戦後の混乱で学校に行けなかった人のために設けたのが始まりとされる。文科省調査によると、夜間中学校の設置数は全国で31校。在籍者は1849名、そのうち81%が外国籍の生徒(2015年調査)。文科省通知において、中学校を卒業した者も夜間中学校へ入学する資格があることが2015年に明示された。これは不登校などで学校へ通えなかった者のうち「夜間中学校へ通いたい」と希望する者に応えるのが目的だった。なお、公立の夜間中学校とは別にボランティアらによる民間の自主夜間中学がある。
■プロフィール
◎鳥居
歌人。三重県出身。虐待経験、親の自殺、ホームレス生活など、10代から過酷な状況を生きてきた。こうした事情から、ほとんど義務教育は受けていない。現在は「すべての人に教育の権利が保障されるように」という活動の一環としてセーラー服を着ている。第61回現代歌人協会賞受賞。
◎佐藤ゆう子(仮名)
30代女性。小学校2年生から不登校をしていた。
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