不登校新聞

481号 2018/5/1

「不登校の理由を教えて」今でも後悔している息子への対応【特別企画・親子ともに不登校~母親編】

2018年05月01日 10:42 by koguma



 インタビュー企画「親と子が語る不登校」を掲載する。親子である倉原香苗さんと鈴木玖邑さんにお話をうかがった。倉原さんが不登校したのは、38年前のちょうどいまごろだ。その後、倉原さんの次男である玖邑さんも不登校を経験する。偶然にも、親子ともに、小学2年生で学校に行かなくなった。母と息子それぞれに、不登校に対する思いをうかがった。

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――倉原さんが不登校したのはいつですか?

 小学2年生のゴールデンウィーク明けですから、1980年ですね。当時は「登校拒否」なんて言葉も知られてなくて、「学校に行かないと、社会に出られないし、結婚もできないし、生きていられない」という扱いを受けるような時代でした。

 それでも中学は3日で行けなくなり、定時制高校は入学式に出ただけで退学しました。学校というものに本当に合わなかったんだなって思います。その後は現在に至るまで、フリースクール「東京シューレ」のスタッフを20年以上続けてきました。

――『不登校新聞』6号(1998年7月15日号)では、息子さんと登場していただきました。

 7カ月だった次男の玖邑を抱っこしながら座談会に参加しました。

 「不登校だった私が母親になって」という企画でしたが、たんに「不登校でも結婚できる」ということだけを言いたかったわけじゃないんです。「学校に行かなかったけれど、私は今も生きているぞ」というメッセージをとにかく発信したかったんですね。「学校に行かないなんて人間じゃない」と言われたことも1度や2度じゃありませんでしたから。

――その後、玖邑さんも不登校したわけですが。

 小学校入学前は「僕は学校が楽しみだよ」ってよく言っていたんです。通っていた保育園には園庭がなかったので、広い校庭を走りまわるのを楽しみにしていたのだと思います。わが家は連れ合いも長男も不登校だったので「学校へ行くのも家に居るのもあなたの気持ちで決めていい」と言っていた手前、ちょっと驚きましたけど(笑)。

理由を話して

 毎日楽しそうに通っていたんですが、小学2年生のとき、「学校へ行きたくない」と言い出したんです。そのときのことで今も後悔していることがあります。

 「学校に行かないのはよいけれど、その理由はきちんと話しなさい」というのが連れ合いの考え方だったこともあり、学校へ行きたくない理由を毎朝聞いていたんです。でも、「行きたくない」の一点張りで。

 ある日、次男の不登校をめぐり、私が自分の母親と大ゲンカしたんです。それを見ていた次男は夕食も食べず、泣きながら寝てしまいました。

 そっとしておこうと思い、翌朝に部屋をのぞいてみたら、泡を吹いて強いけいれんを起こしていたんです。くちびるが紫色になった状態で私に向かって言うんです。「学校へ行かなくてごめんなさい」って。

 急いで救急病院に搬送したので大事には至りませんでしたが、医師には「血糖値が下がっている。ただし、7歳の子が一食抜いた程度で起こるレベルのものではない」と言われました。

 学校へ行く行かないの押し問答を毎朝していたことが大きなストレスになっていたんです。そのうえ、「お母さんとおばあちゃんがケンカをしている。お母さんをいつも困らせている。それもこれも自分が学校へ行かないせいだ」と、次男は自分を責めていたんです。「ごめんなさい」と申し訳なさそうに話す次男の姿に言葉が見つかりませんでした。

 私だって不登校を経験し、そのつらさはわかっていたはずなのに、「きちんと子育てしなきゃ」という思いでいっぱいになっていた。次男のつらさを理解してあげようと必死になっていたことで、かえって次男を追いつめてしまっていたわけです。あの日のことを思い出すと、10年以上たった今でも胸が締めつけられますし、本当に申し訳ないことをしたと思います。

学校へ行かないが「ふつう」だった

 次男が不登校をしたきっかけは、いじめでした。自転車を盗られたり、ゲームソフトを返してくれなかったり。叩かれたりすることもあったそうなんですが、笑いながら叩かれるため、本人もこれがいじめだとは思ってなかったみたいで。

 そんな次男も今年で20歳になりました。今後についてどう考えているのか、気にならないと言えば嘘になりますが、本人を信用していますし、「あなたは何がしたいの?」と、あれこれ親が口出すことはしないように気をつけています。

――倉原さんは自身の不登校について、あらためてどう考えていますか?

 学校へ行かなかったことを意味づけするというのは、難しいですね。学校へ行かなかったからこそ、いろいろな出会いや感動もあったし、自分で選んでいく責任についても学んだと思います。とはいえ、それを「よかった」という一言でひとくくりにしてしまうのは、ちょっとちがうなって。

 ただ、学校へ行かないことが私にとっての「ふつう」だったんです。その積み重ねの先に今の自分があるので、不登校は私にとって自然なことだったんじゃないかなって思っています。

――ありがとうございました。(聞き手・小熊広宣)

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