不登校新聞

486号 2018/7/15

「学校ってそんなに大事?」30代女性が語る不登校予備軍生活

2018年07月15日 10:30 by motegiryoga



 私は30歳をすぎた今でも、なぜ人は学校へ行かなければならないのか、わからない。私自身、幼稚園から小・中・高・大と学校に通ってきたが、ずっと苦痛だった。学校の存在意義はもちろん知っている。しかし私には「学校という枠」がどうしても合わなかったのだ。

 幼稚園に入ったころの私は毎朝決まったバスに乗り、先生の言うことを聞き、その通りに行動するという、そのことだけで頭がいっぱいになり、負担に感じていた。年中や年長になるにつれて子どもどうしの人間関係も複雑になるし、給食はきらいなものだらけで、食べることが修行のようだった。

 なんでこんなことをしなくちゃいけないのか、まったくわからなくて、毎日「家で3ちゃん(当時のNHK教育テレビ)見たいなあ」と思いながら幼稚園に通った。

 小学校でも苦悩は続いた。勉強は塾で済ましていたため、学校での勉強は無意味に感じた。クラスメイトからの仲間外れもあった。何よりひどかったのは、小学4年のときに担任の先生から、クラス内のいじめの首謀者扱いをされ、私だけが悪いと何度も叱責されたこと。先生というものや学校が大キライになる出来事だった。

やりたい生活がなぜできない

 私は食べたいときに食べ、眠たいときに寝て、外に出たいときに出て、勉強したいときにする、そんな生活がしたかった。学校では、なぜそれが認められないのだろう。

 「全日制の学校では自分のペースで生活することができない」。そう思った私は中学を卒業する直前まで、通信制高校への進学を希望していた。けれどその思いも親には通じず、結局は全日制の高校に通うことになった。

 こんなにも学校に合わないことで疲れていながら、なぜ私は不登校しなかったのか。不登校になる勇気がなかった。ただそれだけのことだった。病気を理由に休もうと思っても、当時私の体は悲しくなるほど丈夫で、休むことはできなかった。ズル休みをするのも怖かった。結局、私は奴隷のように学校に通う生活を続けるしかなかった。

 私は素直に、不登校になることを決断した人はすごいと思う。こんなことを言うと、不登校を経験された方は気にさわるかもしれない。でも私は大人になってからも、私と同じように学校には行っていたけど、学校に合わなかった人、ずっと違和感を持ってきた人にときどき出会う。

 きっと「学校がイヤだった」という人の数は、不登校の子どもの数よりもはるかに多いだろう。それなのに「子どもが学校に行くのはあたりまえ」というのが社会の価値観になっている。学校ってそんなに大事なものなのだろうか。その答えがいまだに出ないのだ。(PNよしだ/30代/女性)

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