不登校新聞

497号 2019/1/1

趙韓惠貞さんを取材して【記者コラム/公開】

2018年12月25日 10:39 by shiko



 私が趙韓惠貞(チョハン・ヘジョン)さんに初めて会ったのは、20年前のことだ。

 韓国でハジャセンターというオルタナティブな職業センターを立ち上げようとされていて、その準備の一環として東京シューレに視察に来られ、その際、『不登校新聞』でインタビューさせていただいたのだった(第15号/1998年12月1日)。

 ちなみに、かつては趙惠貞と名乗っておられたのだが、現在は母方の姓を入れて趙韓惠貞(もしくは趙韓惠浄)と名乗られている。

 私たちはオルタナティブ教育の文脈から趙韓さんのことを知ったわけだが、趙韓さんは、文化人類学者であり、フェミニストであり、その活動の幅はたいへん広い。

 日本語で読める書籍としては、『韓国社会とジェンダー』(法政大学出版局2002)、『ことばは届くか』(上野千鶴子さんとの往復書簡/岩波書店2004)がある。

 ちなみに上野千鶴子さんとは年齢も同じで、近代家族を問い返すフェミニズムという点でも、かなり近い視座を持っている。

韓国と日本のちがい

 子ども・若者をめぐって、日本と韓国では似たような社会状況があるが、韓国のほうが、より苛酷だとも言える。また、日本と韓国では社会情勢も似てはいるが、さまざまに異なる。

 たとえば、家族のあり方も、儒教の受けいれ方のちがいなどもあって同じではないし、不登校にしても、韓国では「辞退生」といって、義務教育でも除籍になる。在籍しているのに学校に行っていないという状態は、韓国にはない。

 とくに、集団への所属意識は、かなり異なるように思える。日本では、学校でも会社でも、そこに所属することが大事で、所属しないことが大問題となる。

 しかし、韓国では家族(父系の親族ネットワークも含むだろう)の支えがあれば、学校や会社に所属しないことは大きな問題とはなってこなかったという。

 字数の都合で紙面では割愛したのだが、趙韓さんは中根千枝さん(社会人類学者)を引き合いに、そのあたりを説明しておられた。

 中根さんの『タテ社会の人間関係』(講談社現代新書1966)は古典的名著だが、安くて読みやすいので、未読の方には、ぜひお勧めしたい。

代案教育に希望はない

 それはさておき。今回、趙韓さんにインタビューしようと思ったのは、2017年11月、趙韓さんが関西学院大学に講義に来られ、その後のディスカッションの場に参加させていただいたことがきっかけだった。

 趙韓さんは、その際、韓国の子ども・若者の状況を語るとともに、市民的公共性が育たないまま、市場ばかりが拡大していく社会状況を嘆き、学校にも代案教育(オルタナティブ教育)にも希望はないと言いきっておられた。

 趙韓さんは、現在は道具的理性ばかりが肥大化し、対話的理性が縮減してしまっているという。

 これはハーバーマス(ドイツの哲学者)の言っていることでもあるが、私なりの理解で補足すると、資本主義社会は、自然にしても、人間にしても、それを自分のための道具として扱うことで発展してきたと言える。

 しかし、それが行きすぎると、公共性や人のつながりは破壊され、人々は自分がいかにリスクを回避し、生き残るかにしか関心がなくなってしまう。そして、そういう社会は、どこかで破綻せざるを得ない。

 趙韓さんは、現在の社会状況そのものが「災難状況」だと言い、そのことを直視することから始めるしかないと言っておられた。

 私は、その話にたいへん共感し、ぜひ、あらためてインタビューさせていただきたいと思ったのだった。

済州島に


済州島でよく見られる家屋(沖縄の家屋と似ている)

 インタビューは、当初はソウルで行なう予定だったのだが、済州島にうかがうことになった。

 現在、趙韓さんは1年のうち半分はソウルで、半分は済州島で過ごしており、だんだん済州島にシフトしてきているという(趙韓さんは、70年代から文化人類学のフィールドワークとして、済州島の海女の研究などもされている)。

 済州島は、日本でたとえるなら沖縄と似た歴史的背景や文脈を持った島だ。また、在日コリアンの人には済州島からの人も多い。一言では尽くせぬ重い歴史のある一方、現在は観光地化が進められている。

 そうしたなか、韓国では都市部から済州島に移住してくる若い人が増えているという。

 いわば、道具的理性の社会で勝ち抜く競争から降り、対話的理性で、人とのつながりをつくっていこうとする人たちが、済州島に集まってきているそうだ。

 済州島では、ピョプシ学校という代案学校も訪問させていただいた。ピョプシは種もみの意味で、15人ほどの子どもたちが、農作業や生活をともにするなかで学んでいた。

 校長のイ・ヨンイさんは、ガンジーの思想をベースにしていて、「人はもっとシンプルに生きていけるということを伝えたい」と話していた。

 ピョプシ学校は未認可の代案学校で、運営は支援者からの寄付に支えられており、趙韓さんも、支援者のひとりとのことだった。

「居場所」をめぐって


済州島の代案学校「ピョプシ学校」にて

 インタビューで趙韓さんは、「生産の道具としての教育の場」ではなく、「ケアとコミュニケーションの場」が大事だと語っていた。それは、こうした背景から来ている言葉でもあった。

 私が、それは日本では「居場所」と言われていると言うと、韓国語でも、その語感で通じるものがあったようで、その後は「居場所」という言葉で語られていた。

 もちろん、私たちが「居場所」と語るときとでは、ニュアンスにズレはあるかもしれない。しかし、だからこそ、見えてくるものもあったように思えた。

 日本では、おそらくは不登校に関わる人たちのあいだから「居場所」という言葉が出てきて、いまや、それはあらゆるところで使われている。

 そこに明確な定義などはないが、人が「いる」ことのできる場所というのは、自分が生産の道具として扱われる場ではなく、「ケアとコミュニケーションの場」ということなのかもしれない。

 フリースクールなども、生産の道具としての教育という観点から評価されるのでは、そこに希望はないだろう。

 趙韓さんの話から、あらためて日本の状況を問い直し、具体的にできることは何か、考えていきたいと思った。(山下耕平)

インタビュー本編:趙韓惠貞さんに聞く

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