不登校新聞

189号(2006.3.1)

私が求めるもの「安心できる繋がりと自分を問う時間」

2019年03月28日 12:11 by shiko



 NEETではない。Neatな人たち。本欄では、ひきこもっていたり、働くことや人間関係での葛藤を抱いていたり、社会への違和感を感じていたりする、そんなNeatな若い人たちの生の声を聞いていきます(※Neatは、英語で「こざっぱりとした」「きちんとした」「すてきな」といった意味。)

* * *

 奈良県にある「若者のほっとスペース」には、毎回、20代の若者を中心に15人前後の人がやってくる。ほとんどの人が働いていなかったり、ひきこもっていたりする。

 今回取材した森本友幸さん(仮名)も、毎回のようにほっとスペースに顔を出すメンバーの一人。森本さんのこれまでの経緯をうかがった。

* * *

 森本さんは高校を1カ月半で中退したあと、アルバイトを5回、就職を1回している。本格的にアルバイトをはじめたのは16歳のころ。どうしてもほしかった400ccの単車(35万円)を、自分で稼いで購入しようと決意したからである。

 仕事は郵便局の配達員。勤務は週6日の6時間労働。最初は仕事にとまどったものの、徐々に慣れはじめ、快調だった。ただ、人より1~2時間ほど配達時間が遅かった。

 バイト初日に郵便局側から注意され、ハガキを落とさないようにポストのまわりを何度も確認していたからである。仕事は多少遅くても、さぼりもなく、一生懸命に働いた。

 アルバイトを始めてから半年後、急に妙な不安に駆られ始めた。

「バイクで運転していると、人をハネたんちゃうかって思うようになったんです。電信柱が人に見えたり、段差に乗りあがると人をひいた気がしてしまう」

 インターネットで調べると自分が「強迫神経症」だと思った。医者に行き、そう診断もされた。「一日で治したるわ」と意気込んだが、不安は収まらない。別の強迫観念も出始め、しんどくなる。

 その後、アルバイトを辞めたものの、すぐに不安の波はひかなかった。街を歩いていると、急に他人へ危害を加えたような実感が沸いてくるのだ。

 ただの錯覚なのか、本当に危害を加えた記憶なのか、確信が持てない。一人で歩くのはおろか、親と歩いていても、不安になった。

 18歳のときに、通信制高校に入学。19歳のとき、再度、郵便局でアルバイトをはじめた。多少、不安の波も落ち着いてはいたが、5カ月で辞めた。働き始めると、どうしても波が押し寄せてくる。

 「なんでやろな、仕事っておかしいわ。人をダメにしていく」

 七転八倒の末、「若者のほっとスペース」に通うようになった。ほっとスペースは、カウンセラーがいるわけでもなく、就労支援を行なっているわけでもない。

 ただ、みんなが集まって話しあう自助グループ。それでも森本さんにとっては、安心が得られる場所。通い始めて、すこしずつ、いままでのことを冷静にふり返る機会が増えた。

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