不登校新聞

505号 2019/5/1

「ともに苦しんでくれた」それが不登校の私に最も必要だった

2019年04月26日 11:35 by kito-shin

 不登校だったとき、両親と何度もケンカをしました。おたがいに責め合い、傷つけ合いました。それでも傷つけ合ったことで、私は両親と疎遠になることはありませんでした。

 私が両親を、とくに母のことを「自分を理解してくれない人」と思ったこともありません。それはきっと、母が私と同じ暗闇にいてくれたからだと思います。

 私が不登校になったのは、小学6年生のころでした。学校へ行けなくなると、母は親身になって学校へ行けない理由や原因を聞いてくれました。

 しかし、話を聞いてくれようとする母の気持ちはうれしかったのですが、当時の私はその状況に息苦しさを感じていました。

 私には学校へ行けないことよりも大きな悩みがあったからです。それは「こんなボロボロの状態で私はこの先どうやって生きていけるのかだろうか?」ということでした。

 私にとって学校に通えないことは、たしかに大きな苦しみだったと思います。学校へ行けない自分を責めて、泣く日もたくさんありました。

 でも当時の私には、その苦しみよりも、これからを生きていくための人生の悩みや不安のほうが、はるかに重く突き刺さっていたのです。

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