不登校新聞

508号 2019/6/15

「母に包丁を向けた日もあった」不登校だった私が平穏を取り戻すまで

2019年06月11日 12:04 by kito-shin

 完食するまで終わらない給食と、吐くまで続いた部活指導。学校での「理不尽指導」を受け続けて不登校に。当時の気持ちや学校のようすをうかがった。

* * *

――不登校の経緯から聞かせてください。

 私は小学2年生と中学3年生とで2回、不登校になっています。小学生のときの原因は給食でした。

 私は小さいころから食が細く、食べるのにとても時間がかかる子どもでした。牛乳は1口飲むのがやっとで、1瓶飲むなんて考えられない。

 食パンも2枚セットで出されますが、1枚の半分くらいでお腹がいっぱいになってしまうんです。

目が覚めた瞬間から給食が憂うつでした

 しかし小学2年生のときの先生は、給食の指導に厳しい人でした。給食を残すと、すごく怒られるんです。

 「これが食べられる限界です」と言っても先生に信じてもらえなさそうだったので、「食べられなくて……」としか言えませんでした。

 しかし先生の答えは「食べ終わるまで座っていなさい」。

 私は席に戻されて、昼休みが終わるまで、さらに午後の授業が始まってしばらくするまで残されたことがありました。

 みんなが授業を受けているなか、私の机にはまだ給食セットが置いてあるんです。

 先生はたぶん、業者が給食を引き取りに来る時間まで何とか粘らせたかったんだと思います。

 授業が始まってしばらくすると、「給食センターが来るから、もう片付けてきなさい」と言われて、やっと給食から解放されるんです。

 毎日、給食の時間が来るのが怖かったです。朝、起きた瞬間から考えることは給食のことでした。しだいに教室に入れなくなり、保健室登校になりました。

 でも、保健室へ行っても、やっぱり給食を食べなきゃいけない。学校全体が、給食に対して厳しい方針をとっていたので、保健室の先生からも「がんばって食べなさい」と言われました。

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