不登校新聞

515号 2019/10/1

「あんたが行かれへん学校が間違ってんねん」大空小初代校長・木村泰子さんに聞く

2019年09月27日 15:20 by shiko



 2015年の公開以来話題を呼び、2019年現在も全国で頻繁に自主上映が続くドキュメンタリー映画「みんなの学校」。舞台となった大阪市立大空小学校は「すべての子どもに居場所がある学校」を目指して作られた。特別支援学級など存在しない。他校で通えなかった子どもたちが、この学校には通うことができるようになるのはなぜか? 大空小・初代校長である木村泰子さんへのインタビューを掲載する。

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――大空小のことを知ったとき、学校という場に初めて希望を持てました。

 大空には「不登校」のレッテルを貼られた子が、山と来てるんです。命まで断とうとした子が大空に来て、当たり前のように学校に居る、学校に来る。これは前の学校に、その子が吸える空気がなかっただけ、居場所がなかっただけ。その子は100対0の割合で悪くない、と思ってます。

 だから学校が変わらなあかんのです。でも学校だけでは、なかなか気づけへんのですよ。上からの圧力が強いので。その圧力に屈している学校はもちろん間違っているんですけれど、そういう結果になっているのが残念じゃないですか。だから気づいたみんな――子ども、保護者、地域住民、学校で働いている人間――が自分事として、学校を変えていこう、ちょっとでも学校に穴を開けに行こうよと。これが「みんなの学校」です。

――そういえば木村先生は「不登校(の子)」という言い方を絶対にされませんね。

 よく親御さんが「うちの子は不登校なんです」と言うけれど、「不登校という言葉がどれだけ上から目線で、子どもに失礼な言葉やと思ってる?  それを母ちゃんが使ってたら、話になれへんやろ」というところから、親御さんにはしゃべってしまいます。

――不登校……、いえ、 学校に行けなかった子が行けるような学校を実現したこと、すごいです。

 でもね、大空でできていることが「特別」というような発信の仕方は危険だと思うんです。大空のやっていることは、パブリック(公立)の学校として当たり前のこと。この当たり前を「特別」にしてしまうと、社会はいつまでも当たり前のことをやろうとしない。

――どうしたらこれを「当たり前」と考えられますか?

 憲法で決まっているじゃないですか。第26条に「すべて国民は、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する」とある。すべての子どもが、貧困であろうが、障害があろうが、パブリックで安心して学べる居場所を作るのは、憲法の最低限の保証です。

 「うちの子は障害があるけど、学校に入れていただけますか」なんて、なんで親が言わなあかんの(怒)。ある親が教育委員会へ就学前に相談に行って、子どもの障害の状況を伝えたら、「お宅の子どもさんは通常学級どころか、一般の学校の特別支援学級も難しいですから、特別支援学校へ行ってください」などと言われるわけです。就学前にそういうことを言うなんて、これ無責任ですよ。

――残念ながら、よく聞く話ではあります……。

 それが今、当たり前になっているでしょう。この当たり前を、問い直さなあかんのです。
 いまの社会が「不登校」と呼ばれる子どもたちを、「どうして学校に行けないの」という目で見ているんです。でもそうじゃなくて、「どうしたら学校に、この子の居場所をつくれるか?」とみんなで考えたらいい。大空はいつも、それを考えていました。

 ちょっと周りと違ったり、周りの子が怒られているのを聞いているだけで苦しくなったりして、学校の空気を吸いにくくなる子どもたちって、それだけ「自分を持っている」んです。自分を持っていると、どうもみんなの中に入れない自分がある。

 でも、周りの子どもが「あいつはどうしたら自分たちと一緒に学べるんやろ」と考えていたら、学校にその子の居場所がないわけないじゃないですか。

――学校に行けない子を持つ親たちに、何か伝えるとすると?

 「親としてどうすればいいか」という相談をいっぱい受けるんですけれど。まず一つは、他のどんなことよりも、学校に行っていない自分の子どもに、「あなたは100%悪くない」ということを、言い続けることです。

 「みんなが行けているのに、うちの子は行けない」と思っていると、「みんなが正解、うちの子はハズレ」と見てしまうんですよね。見たくないけれど、そう見てしまう。だから一生懸命、行ってほしいと願うんだけど、吸える空気がないところに行ったら、子どもは傷つくだけ。行かんほうがマシ。

 でもね、そこでほうっておくなよと。「行かんほうがマシ」と言うけど、その子には学校に行って学ぶ権利があるんです。その権利は保障されなあかん。ということは、「学校が変わらなあかん」ということです。

 学校を変えることは、いま学校にだけ任されている。でも全国には、母ちゃんたちが行動して、自分の子どもが安心して行けるようになったよという事例はたくさんある。

 そういう母ちゃんは、自分の子が行っていない学校に、自分が学びに行くんです。それで周りの子どもたちに何か、自分がやれることがないかなって、サポーターになってどんどん入る。先生じゃない大人が、子どもたちの中で「おばちゃん、何かやることない?」みたいに居ると、子どもはね、そこに安心する居場所を見つけることが出てくるんですよ。「しんどいねん」なんていう相談を受け始める。

 そういう子どもたちと、(通えない)自分の子どもは、結果的につながっていくんです。だから自分の子どもを学校で安心して学ばせたかったら、自分の子どもをほっといて、周りの子どもを育てにそこの学校に行き、と言います。

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