不登校新聞

517号 2019/11/1

「親はちょっと黙って見てて」14歳不登校経験者が目指す未来

2019年11月01日 12:03 by kito-shin

 富山県在住の中村亮介さん(14歳・仮名)は、2年前、中学1年生で不登校になって以来、フリースクールに通っている。小学校高学年でいじめにあい、中学校では先生との関係に悩んだ。そんな中村さんは、「自分を一番苦しめていたのは自分自身の『固定観念』だった」という。

* * *

――いじめに苦しんだとのことですが、今はフリースクールで楽しくすごせていますか?

 中学1年の9月に不登校になり、その後、地元の富山県にあるフリースクールに行くようになりました。

 スタッフもまわりの子も明るくて親しみやすかったので、すぐになじむことができました。もっと早く不登校になって、フリースクールに行けばよかったと思っているくらい(笑)。

 それができなかったのは、結局、自分が固定観念に縛られていたからなんですよね。

――というと?

 富山ってよく言えば勉強熱心な教育県ですけれど、裏を返すと保守的で、「いい学校へ行くのが一番」という考え方が大多数。

 僕が通っていた小学校のとなりには、県で一番偏差値の高い高校があって、みんなそこを目指して塾に通っていた。そして勉強ができるヤツが小学校のクラスでは一番えらくて、ブイブイ言わせている。そんな環境だったんです。

 だからいつの間にか僕自身も「いい高校、いい大学へ行くのが一番いい」「そのためには学校にはきちんと通わなければいけない」「そうしないときちんとした大人になれない」と思い込んでいたんです。

 そこから外れてはいけないと自分に言い聞かせていたから、つらくても苦しくても学校に行くしかなかったんです。

先生と同級生両方に不信感が

 僕は小学校5年生から、いつのまにか標的になって、いじめられるようになりました。

 同級生のなかには「学校、来いよ」と言ってくれる子もいたけど、行けばやはりいじめられる。ただ、先生にいじめのことを相談したら、加害者も謝ってくれたんです。

 ところが、6年生になると、また悪質で姑息ないじめが始まりました。進級するとき担任の先生が替わったのですが、いじめのことは引き継がれていなかったみたいです。

 僕は先生とクラスメートの両方にどんどん不信感がつのっていきました。あるとき、とうとう、カッとなって同級生に手を出してしまったんです。このときはもう誰が敵で誰が味方かわからなくなっていました。

 そうしたトラブルから、学校へ行きたくない気持ちがどんどん膨れあがってきて、「でも行かなくちゃいけない」と思い込んでいた僕は、相反する気持ちを自分でもどう処理すればいいのかわかりませんでした。

 その後、小学校はなんとか卒業し、中学は柔道の強い学校に進みました。小学校2年生から柔道を習っていて、道場の先生にその中学を勧められたんです。

 越境入学で、小学校のクラスメートとも別れられるから、中学に行くのは楽しみでした。

 でも、実際に行ったら、柔道の部活についていけませんでした。あまりに厳しくて、とても耐えられなかったんです。

 「部活を辞めたい」と言うと、顧問の先生に「だったら学校も辞めろ」と言われました。クラスには友だちもいたから、転校したくはなかったんですけど。

 そしたら両親が「そんな学校には行かなくていい」「学校の先生に何を言ってもムダ」と断言してくれて。

 そのころから両親は『不登校新聞』を読んでいたみたいで、学校へ行くことを絶対視していなかったですね。

 でも僕のほうはまだ「学校へ行かないとちゃんとした大人になれない」という固定観念を捨てきれていなかったような気がします。おそるおそる、不登校になりました。

 その後、フリースクールへ行くようになったのですが、校則も学力競争も先輩の上下関係もない環境で、驚きました。また、学校へ行かなくても希望をもって楽しく生きている人がたくさんいることも知りました。

 そんな環境に身をおくことで、僕の固定観念は少しずつほどけていったんです。

放っとかれるのがありがたい

――理解のあるご両親でよかったですね。

 いや、そうでもなかったですよ(笑)。

 両親は学校へ行かないことには賛成だったんですが「行かないなら朝はちゃんと起きなさい」とか、「夜はゲームをしてはいけない」とか、最初はけっこう厳しく言われました。

 僕自身、一時期は精神的に不安定だったから親も心配だったんだと思います。最近はフリースクールにも慣れたし、昨年から心療内科にも行くようになって気持ちも安定しているので、放っておいてくれているのがありがたいです。

――学校に行かなかったことで、つらい思いをしたことはありますか。

 小学校5年生から中学1年までのあいだがとにかくつらかったです。6年生のとき、いっそ死んじゃおうと思ったことがあるんです。死んで「いじめてきた奴らに一矢むくいてやる」と。

 でもいろいろ考えていたら、いじめた加害者は自分が悪いなんて思っていないはずだから、誰に一矢むくいるのかわからないな、と気がついたんです。

 たとえ僕が死んだとしても、そして加害者の名前をさらしたとしても、加害者本人は悪いと思っていないのだから、言いがかりとしか感じない。

 反省さえしないでしょう。それではムダ死にになってしますよね。それで死ぬのをやめました。

――気持ちが沈んだとき、救いになったものは?

 テレビ、ゲーム、マンガです。この3つは重要ですね。テレビからはいろいろな意見が流れてきます。見ていると、世界が広がっていくんです。「同じ意見だな」とか「そういう考え方もあるのか」と思う。

 ゲームは暇をつぶす大事なもの(笑)。マンガは「ONE PIECE」や「進撃の巨人」が好きです。

 マンガも、「いろんな意見があっていいんだ」「自分みたいな考え方でもいいんだ」、と思わせてくれます。マンガを読むことで、自分を肯定することにつながりました。

 不登校でも、世界とつながることができる。僕にとってテレビ、ゲーム、マンガはその大切な術でした。

 親の方にはこれらを子どもから取り上げないでほしいんです。何がきっかけになって、自分の世界が広がっていくかわからないから。 

 僕の経験から言うと、自分の頭で考えているだけでは、なかなか固定観念から解放されないんです。いろいろな意見を見聞きして、初めて自分が縛られているとわかるんです。

両親は先走らないで

――今後は何かしたいことはありますか?

 高校進学はするつもりです。北海道の北星学園余市高等学校というのに行ってみようかな、と思っているんですが、それを言ったら両親が大賛成で、乗り気すぎて困っています(笑)。

 余市高校は不登校や中退の子も受けいれている高校です。ただ、そこが本当に自分に合うかどうかは、ゆっくりと時間をかけて考えたいです。両親は少し黙っていてほしいですね(笑)。

 将来的には、自分と同じ境遇の人をサポートする立場になりたいんです。不登校や学校に苦しんでいる人に寄り添うことができる自分になりたい。

 僕自身が、まわりにそうしてほしかったからです。寄り添うというのは、大げさに心配する、というのとはちがいます。大げさすぎると大人への不信感が増すだけです。

 僕は自然に接してもらうことがうれしかったので、自然に、そして自分の意見を押しつけずに相手を尊重して接することが大事なんじゃないでしょうか。

――学校や友だちとの関係に苦しんでいる、かつての亮介さんのような人に、言えることがあるとしたら何でしょう。

 人によって状況がちがうから、一概にこれとは言えませんけど、「ゲームとかマンガとかにたくさん触れたほうがいいよ」と言いたいですね。

 自分が正しいと思っていることが、選択肢のひとつにすぎないかもしれない。ゲームやマンガはそれを教えてくれます。

 僕自身、学校へ行かなければ、勉強しなければ、友だちをつくらなければ、と、全部「~すべき」にとらわれて、そうでなければちゃんとした大人になれない、と自分を縛りつけてしまった。

 フリースクールでの体験やゲーム、マンガを通して、自分を固定観念で縛りつけなくても、道はたくさんあるとわかったんです。

 きっと自分に合う場所や道を見つけることはできると思うんです。僕の弟は今、5歳なんですけど、弟が固定観念に縛られそうになったら「絶対に大丈夫。ほかに道はあるよ」と言ってあげたいですね。

――ありがとうございました。(聞き手・茂手木涼岳、編集・亀山早苗)

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